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作品名:積丹半島 作者:じゅんしろう

第12回   12
十分後、私たちは神威岬という半島の先端部を目指して車を発進させた。
途中、観光スポットの一つである島武意海岸という所に立ち寄った。駐車場に車を止め上っていくと、小さなトンネルがあった。そこを出ると眼下に美しいコバルトブルーの大海原が目に飛び込んできた。奇岩が点在して海に洗われている。私はそれを茫然と見ていたといってよい。
「綺麗でしょう、シャコタンブルーといわれているのよ。それから、あの崖を見て」と、彼女は指さした。見ると、黄色い花の群集が断崖一面に今を盛りと咲いていた。 
「エゾカンゾウというのよ、綺麗でしょう」 「うん、見事だね」
「ここ大好き」 前の彼氏と何度も来ていたのであろうが、屈託のない笑顔である。
神威岬に着いた。擂り鉢状の駐車場に車を止め降りると、少し離れた草むらに狐の親子がいた。餌でも欲しいのであろうか、我々をじっと見ている。考えてみれば、積丹半島は野生動物の宝庫である。あらためて積丹半島の価値を見出した思いになった。
駐車場から上って行き、頂上に到達した。また、眼下にシャコタンブルーの雄大な大海原が広がった。この断崖一面にもエゾカンゾウが咲いていた。そこから神威岬の先端に至るが、高低差のある長い遊歩道が続いていた。
「行ってみたいが、膝は大丈夫?」 「ええ、注意するから」
我々は岬に向かって歩き出した。遊歩道は思いのほか難儀であり、私はときおり後ろに続いている彼女を気遣わなければならないほどだ。その都度、「大丈夫よ、有難う」と彼女は笑顔を見せていった。十五分ほどで先端にたどり着いた。他に観光客はいなかった。そこからは断崖絶壁で岩礁が並んでおり、最先端の沖合に神威岩といわれる岩礁が立っていた。
「あの岩には義経伝説があり、アイヌのチヤレンカという酋長の娘が、義経との恋に破れ身を投げ神威岩となったと伝わっているわ」
「ほう、すると此処は義経伝説の北限だね」
源義経は各地に伝説を残している。その最たるものはモンゴルのチンギス・ハーンになったという奇説である。私はこの雄大な景色を目の当たりにして、その様な物語も起きることが分かるような気がした。
雲の切れ目から陽が大海原を指している。と、神威岩の沖合に空から風が吹き付けた。それは海面に当たると左右に分かれた。おかしなことに右側は穏やかなのに、左側は幾重にも波が立ちあがっている。不気味な光景であった。
「あれは?」 私は思わず指さし、彼女を見た。
「ここは海の難所といわれている所なの。右側は石狩湾、左側は外洋。だから、ああいう現象が起きると聞いているわ。私たちはどうなるのかしら?」とそれを見つめながら私に問いかける様にいった。いまだに前の彼氏のことを引きずっているな、と感じた。丁度その時、沖合を白いフエリー船が航行してくるのが見えた。小樽から新潟、あるいは敦賀行きのはずである。
「フエリー船、穏やかに航行できれば良いね」とそれを指さしながらいい、彼女への答えとした。
コロポックル荘に戻ると昼食の支度ができていた。地元で取れる魚介類や山菜の料理である。今が旬の甘海老の刺身を食べたが、甘くぷりぷりとして美味かった。彼女とはこれまで色々な所で食事をしてきたが,ここが一番落ち着けるなと思った。また風呂に入ったりしたが、特別なことをする分けでのないのに、ゆったりとした時間を過ごすことができ、隠れ家的な存在になるかもしれないと感じた。
帰り際、「今度は泊りがけで来て」と女将がいった。女将からは私たちが恋人同士としか映らないだろうな、と思いなが帰路についた。
お互いの仕事の関係で十日ほどすれ違いがあった、或る日の夕刻電話があり、これからコロポックル荘に連れて行って欲しい、といってきた。夕食もそこで取りたいと重ねていうので、何事かと思いながらも承諾した。
今は夏の盛りである。積丹までの道のりも明るい、快適なドライブであった。
「今、おばちゃんのところは経済的に大変みたい。夏のシーズンだというのに、お客はぽつりぽつり、らしいの」
「商売を維持するのはどこも大変だからね。難しいものだよ」
車中の会話であるが、暗に手助けの為コロポックル荘に通いたい、と私に同意を求めてきたようである。だが、好意を持った人を助けたいという思いは分かるが、少々肩入れしすぎるのではないかと、彼女の性格に一抹の不安を感じた。
コロポックル荘に着くと、すでに夕食の支度ができていた。客は私たちだけであった。広間で食事をとり始めると、女将が一升瓶を抱えてきた。御亭主が好きだった土佐の酒で、今でも取り寄せているという。
「ねえ、今夜泊まっていかない」と彼女がいった。 「仕事が…」
「朝早く出れば、間に合うでしょう」 「まあ、そうだけれど…」
小樽市内までは、一時間半もあれば着く。
「お願い」と彼女は説得力のある眼でいった。私はそれに負けて承諾すると、「嬉しい、おばちゃん、お酒を私たちにも」 「あいよ」
どうも彼女と女将は示し合わせていたようである。なんとなく罠に嵌まったような気がしたが、土佐の酒はやや辛口のすっきりとした味わいで美味かった。食後、三人でとりとめのない世間話をしたが、適当なところで座を外し風呂に向かった。


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