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作品名:身延山にて 作者:じゅんしろう

第7回   7
「そのような事で済むわけがない、御用学者どもが」と、吉川が語気を強めていった。その言葉に修一が思わず吉川を見ると、睨むようにテレビを見据えていた。穏やかな人だという印象を懐いていたが、厳しいその表情に修一は息を呑む思いだった。
修一の視線を感じたのか、吉川はまた穏やかな表情に戻り、「修一君、権威を振りかざすような者にろくな奴はいない、肝に銘じておいた方がよいですよ」と、穏やかではあるがきつい言葉を口にした。後に、科学者たちのコメントはいい加減なことが分かった。さらに、ときの首相の言動や行動が混乱に拍車を重ね、被害が拡大していったといわれている。
修一の喜和子への安否の思いとは裏腹に、何か途轍もないものに巻き込まれていくような不安に駆られていった。
ともすれば暗い夕食になる所を救ってくれたのは、孝治夫妻の子供たちだった。中学生の女の子と小学生の男の子と女の子が、母親譲りなのであろう、食卓を賑やかなものにしてくれた。明日早朝、孝治夫妻も現地に向かい炊き出しに参加するので、子供たちがこの家で詩子と留守番をする為である。
翌早朝、吉川たち一行は陸前高田市に向けて出発した。修一は吉川が運転する車に同乗した。修一は高岡を出る前惣太郎と行程について話し合っていたが、思わぬ展開に吉川に身を委ねるしかない。ふと、車に揺れながら、もしかしたら父はこうなることを見越していたのではないか、と思った。吉川の性格を知り抜いていたとすれば、ありうることである。親の情というものを感じた。
山形県内の道は難なく通ることが出来た。だが、岩手県に入ると事情は一変した。内陸から海岸沿いに近づくにつれて何カ所も迂回しなければならなかった。そのため陸前高田市の高台にある学校の体育館を活用した避難所に着いたのは昼近かった。
担当者に目的を説明するため吉川たちは建屋に入って行ったが、修一も喜和子の消息を得るため同行した。
広い屋内に入った時、修一はその異様な景色に茫然としてしまった。
大勢の被災者の人たちが家族ごと、あるいは知り合いの人たちなのであろう、広い体育館をひしめく様に埋め尽くしていたのである。館内全体に不安が入り混じった囁きが渦巻いているようだった。この避難所は喜和子の住まいからは離れているので居る確率は低いのであるが、修一は自然とその姿を追い求めていた。修一はあることに気が付くと、事務所の機能の役割をしている一角に行ってみた。そこには想像通り被災者の名簿表が張り出されていた。目で必死に喜和子の名前を探した。何度も繰り返し見たが、喜和子の名前は載っていなかった。次に、担当者らしい中年女性に喜和子の住所をいい、その避難先を訊いてみた。


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