「修一さんは惣太郎さんからお茶を習いましたでしょう」と不意に詩子がいった。 「父を知っているのですか?」と、修一は詩子の親しく懐かしげな言葉に思わず聞き返したが、吉川の連れあいということで会ったことがあるからだと思った。 「私たちは同じ大学でしたから。惣太郎さんからお聞きになっていない?」 「いえ、今まで聞いたことはありません。今度のことで、初めて鶴岡市に友人がいることを知りました。ただ、同学は吉川さんだけとばかり思っていました」 「いえ、三人は同じ茶道部でも一緒だったのよ。もっとも私と連れ合いは惣太郎さんの弟子みたいなものでしたけれど。もう、半世紀前になるわね」と、詩子は微かに笑い、「あ、ごめんなさいね、このような非常時に笑ったりして」といい頭を下げた。 「いえ…」 修一は詩子が逸る気持ちを落ち着かせようとしていることが感じられていたので、うつむき目を落とした。 「親子ねえ、そういう仕草は惣太郎さんそっくり」と詩子は懐かしそうにいった。 「ご兄弟はいらっしゃるの?」 「いえ、僕だけです」 「そう。惣太郎さんも一人息子でいらっしゃったわね」と詩子は少し沈み込むようにいい、遠くを見るような目つきになった。 修一は詩子の様子から、父と吉川夫婦の間に自分には窺い知れないより深い関係があるように感じた。そのとき居間にある電話が鳴った。修一は詩子が話をしながら自分の方を見たので、吉川からだと分かった。 詩子は受話器をおさえ、「会社で被災地用に支援物資をトラックに積み込む作業があるから、出発は明日早朝になるそうよ」と修一にいった。 「僕も手伝います」と、その言葉に修一は反射的に答えた。 詩子は大きく頷き、修一の意思を吉川に伝えると、「すぐに来てくださいとのことです」といい、歩いて五分ほどに在る会社の場所を教えた。 道筋はほぼ一本道で迷うことなく行くことが出来た。会社は江戸時代から続く老舗ということで大きな趣のある蔵や建物が幾つもあった。すでに敷地内では十名ほどの人々により、二トントラック二台に物資を積み込む作業が行われていた。吉川の姿もあった。 荷台には食料や飲料水の類いが積み込まれているようだ。修一はすぐに作業に加わった。吉川はその修一を見とめても何もいわず、頷いたのみであった。荷台に物資が溢れんばかりになったころ、もう一台の二トントラックが敷地内に入ってきて、隣に横づけされた。見ると毛布や衣類類が積み込まれているようだ。運転席から四十歳くらいの男が降りてきたが、修一は顔つきから吉川の息子だと直感した。 「結構集まったな」と吉川がいうと、「回った皆さんの家で積み込んでいると、先々で近所の人たちが聞きつけ持ち寄ってくれたものですから」といい、男が白い歯を見せた。 「この方は、昨日話した山本修一さん」と、吉川はその男に修一を紹介した。 「ああ、息子の孝治です」と男が答え、手を差し伸べてきた。握り合う手に孝治の力強さが伝わってきた。
|
|