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作品名:身延山にて 作者:じゅんしろう

第3回   3
修一は自室で音楽を聴いていたとき、ふいにぐらぐらと部屋が揺れた。地震であることは分かったが、四年前の春に起きた能登半島地震のときよりも揺れは強くないと思い、すぐに治まったので安心していた。そのまましばらく部屋にいたが、直子が蒼い顔をして、「東京や東北が大変、すぐ居間に来るように」といってきた。その後について居間に入ると、惣太郎が食い入るようにテレビを見ていた。
それには信じられない様な光景が映し出されていた。東北のある地方で、どす黒く厚みを帯びた海流が津波となって街の中に押し寄せていたのである。多くの家々の一階部分はその底であった。それは更に奥へと遡っていく。やがて引き潮となり、多くの家々が壊れ、あるいはそのまま流されていった。また、別の地方では海流が田園の中を奥へ奥へと突き進んでいく。初め、修一は何が起きているのか理解できなかった。まるで何か映画のワンシーンを見ているような感覚であったからだ。だが、東北各地の日本海側で同じような事が起きていた。更に福島県の原子力発電所も大津波に破壊されたようであり、東京での被害状況や、交通機関や通信不通の大混乱が起きている様子をテレビが引切り無しで放送していた。
後に、死者・行方不明者約一万八千五百名に及ぶ東日本大震災が起こったのである。
「岩手県沿岸一帯が酷いようだ」と惣太郎がいった言葉に、呆然とテレビを見ていた修一が心の中で、あっ、と叫んだ。その岩手県陸前高田市に恋人の喜和子がいるのである。同時に、直ぐに安否を思い至らなかった己を恥じ、激しく動揺した。すると修一の思いを見透かすかのように、その陸前高田市の状況が放送された。以前、喜和子から人口二万三千人ほどの海がある小さな街で、住まいも海に近いということを聞き知っていた。街全体が津波にのみ込まれている様子が映し出されていた。そして多くの家屋が海へと押し流されていったのである。
―喜和子は如何なっているのだろう、津波に巻き込まれてしまったのか、大丈夫なのか。 修一はその映像を見ながら幾度も反芻をしたが、漸く連絡することに気が付くと自室に駆け戻った。だが、携帯電話もパソコンもまったく繫がらず、全国的に機能不全に陥っていることを知った。すぐ駆けつけたいと思ったが、関東から東北一帯の交通網は麻痺状態であった。今、高岡から陸前高田への交通手段は分断状態で困難を極め、喜和子に会う術がないのである。
修一は予期せぬ異常事態に呆然となった。ただ、何かをしなければという焦燥感に駆られ部屋の中をうろうろと歩きまわった。そうしているうちに、両親に喜和子のことを話さなければならないと思い、再び居間に向かった。
「どうしたの、蒼い顔をして」と、直子が修一の顔を見るなりいい、その声に惣太郎も振り向いた。


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