20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:身延山にて 作者:じゅんしろう

第19回   19
帰郷した後も、無気力な時を過ごした。両親に喜和子との別れは告げなかった。いまだ混乱の中にあり、気持ちの整理がついていなかったのだ。そのような修一を、惣太郎と直子は何もいわなかった。ただ、腫物に触るようなことではなく、いわば空気のような存在に扱ったといえた。
休みが終われば大学に戻り、また休みになれば帰郷するという生活を繰り返した。依然として、無気力な生活が続いた。翌年夏休みに帰郷した、ある日のことだった。
昼食を終え、家族でテレビのニュースを見ていたときだった。陸前高田市のことが取り上げられた。修一はとっさに喜和子の顔が浮かび、どきりとした。七万本の松原のうち、ただ一本だけ残った松の木が復興のシンボルとなっていた。そして、木造造りの小さな商店街が写しだされた。商店を失った人々が助け合い、新たな街の復興の拠点にしょうということである。その中心メンバーとしてあの男が紹介され、意気込みを話し出した。その男の案内で各商店が紹介されたが、その中に種田フードの若き女性店主として喜和子が登場したのである。控えめな微笑を浮かべ受け答えていたが、吹っ切れた様な表情で以前には見られなかったきりりとした強い意思を、修一は感じた。すでに喜和子は前に向かって進んでいたのである。すぐ別の商店が紹介され喜和子は画面から消えたが、修一の脳裏にその姿が鮮明に焼き付き残った。もう喜和子とは別々の道を行くしかないことを自覚した。
修一は項垂れ、そして涙が溢れでた。その様子に直子は何かいいかけたが、惣太郎は首を振り押し留めた。
やがて修一は涙を拭うと、「お父さん、お母さん。いまテレビに出た食品店の女性が喜和子です。もう立ち直って新たな道を歩み始めたようです。僕も此の儘ではいけません。お父さん、お願いがあります。僕の頭を剃ってください」といったのである。惣太郎は黙って頷き、直子に目配せした。剃髪の用意が整うと、惣太郎は呟くように読経をあげながら、修一の頭にバリカンを入れた。
一時間後、青々と剃りあがった坊主頭の修一と惣太郎の姿が本堂にあった。
「これから夏休みの間、朝夕のおつとめを一緒にさせて頂きたくお願い申します」
「うむ、分かった」 惣太郎はそれ以上何もいわなかったが、そこには悩める息子を見守っていこうという父親の目があった。
その日から、二人は毎日一緒に読経を唱えた。修一は御経を唱えることによって、何かを掴みたかった。自分自身を見つめ直したかった。また、喜和子の父親や大震災で亡くなった多くの人々のためにも、御経を唱えた。それは学業に戻ってからもアパートの部屋で続けた。こうして日々が過ぎ行き、大学を卒業した。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4592