20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:身延山にて 作者:じゅんしろう

第18回   18
大震災の喜和子のその後の様子の変化だけが頼りだった。
大震災の様子は新聞やテレビで伝えられていて、直子によって、すでに布団が敷かれていた。翌朝アルバムを取り出すと、ページの後半部分を開けた。そこには修一と喜和子が写っている写真が多く張られていた。どの写真にも喜和子の笑顔があった。おどけた様なものもあったが、どれも明るく可愛くて美しかった。アルバムからは、あの校舎で会った喜和子の悲痛な表情は想像すらできないものばかりだ。
「喜和子…」 呟いた修一の目に涙が浮かび溢れ、頬を濡らしていった。拭っても、拭っても止むことはなかった。そして夜が更けていった。
震災後の混乱は続いたが大学の春休みが明け、新学期が始まった。その間、喜和子からは連絡がなかった。無論、大学にその姿は無い。修一は無為に時間を過ごしていった。何度か喜和子の携帯に掛けたが、通じなかった。震災ですべてを失ってしまったのだろう、会う手段は避難所に行くしかすべは無い。だが、また行っても拒絶されるのは分かりきっていた。あのときの喜和子の表情がすべてを物語っていた。それでも、ときおり喜和子のアパートに様子を見に行ったが、いつもカーテンは閉まっていた。
授業に身が入らず、ただ、喜和子のいった、きっと手私はかけがえもない父親を死なせるという罪を犯しました。それも、非常事態であるということを理解できなかった私の甘い考えのせいなのです。父は今も見つからないままです。その為、母や妹をも悲しませることになりました、悔やんでも悔やみきれません。私は東京で本分を忘れ、甘い生活を送っていた罰が当たったと思いました。これからは母や妹に一生をかけて償いをしなければならないのです。この土地でお店を再興して、二人を守っていかなければならないのです。このままお別れです。絶対、私に会いに来ようとはしないでください。どうか私のことは忘れてください。貴方は貴方の道をお進みください。そして、貴方に相応しい女性を見つけてください。最後に貴方の幸せを祈っております。        さようなら]
 山本修一様                種田喜和子          
修一は前文の無い短い文面に、喜和子の悲痛な叫び声を聞いた。繰り返し読むほどに頭の中が白くなっていくようだった。甘い生活の罰の一端は自分自身にもある。僧侶に成るべく修行中の身なのだ。本分を忘れていたのは自分なのだ。罰は自分が受けなければならないのだ。喜和子には罪は無いのだと、色々な想いが駆け巡り、修一の頭の中は混乱した。ふいに立ち上がると下宿を出て喜和子のアパートに向かった。そこに着くまで、途中の記憶が無かった。外から二階の窓を見上げると、控えめな色彩の花珠模様のカーテンは無かった。無機質な暗いガラスだけが有った。いつの間にか、アパートを引き払っていたのだ。修一の脳裏に避難所で出会ったあの男の顔が浮かんだ。あの男が手を貸したに違いないと思った。瞬間、強い嫉妬を覚えた。だが、嗚呼と、心の中で叫ぶと両手で頭を抱え、その場にうずくまった。自分は何と愚かな奴だと思った。あの男は喜和子を救った恩人でもあるのだ。自分が情けなかった。しかし、その男に対する焦りともいえる思いは消えなかった。そんな修一を通りすがりの人々は怪訝な表情で見ていくだけだった。やがて修一は立ち上がると、夕暮れの街を虚ろな目で歩き出した。下宿に帰りつくと、布団を引きそのままもぐり込んだ。絶望感が修一を覆い涙が留めなく溢れ出たが、拭おうともせず布団を頭から被り、嗚咽し身を震わせ続けた。しばらくの間、このような日々に明け暮れた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4599