20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:身延山にて 作者:じゅんしろう

第17回   17
夜が明けはじめたころに目が覚めた。障子越しに入り込む陽の光は弱く、部屋はまだ薄暗い。だが、直ぐに昨日の喜和子のことで頭が一杯になった。
喜和子が自身を責め苛んでいることは痛いほどわかった。その思いに対して慰めの言葉もない。今の自分にはどうすることも出来ない、とも思う。出来ることといえば、ただ側に居てあげることだけであろう。だが、あまりにも深く傷ついているが為に、それも拒絶された。今は喜和子のいった、手紙を待つしかないのだろう、ということを頭では理解できる。だが、喜和子を失うかもしれないという切なく、やり場のない怒りのような思いはどうにも治まらなかった。
―昔から日本人は自然の中に生かされているにすぎず、調和して生きていかなければならない、という考え方がある。だが、自然の猛威の前ではなすすべもなく、多くの人々が犠牲になった。この仕打ちはなんなのか、何故そこに喜和子が含まれるのか。
修一は布団の中で悶々としていた。        
やがて夜が明け、鳥のさえずりが聞こえてきた。起きて廊下から庭を見た。静かで平和な佇まいである。昨日の荒廃した陸前高田市とは別世界であった。ここに居ては喜和子に済まないような気がした。ここから一刻も早く離れ、家に帰らなければならないと思った。
居間に行くと吉川は新聞を読んでいた。テレビは震災関連の報道が流れている。一昨日の朝と同じ風景であった。
「おはようございます。昨日はいろいろと有り難うございました」
「おはよう。あまり眠れなかったようだね」と、吉川は修一の表情を見ていった。明け方から、悶々としていたことを見透かしたようだった。
「はい、明け方に目が覚め、考え事をしていました」 修一も隠さずいうと、吉川は黙って頷き、何もいわなかった。
「お世話になりましたが、今日、高岡に帰ります」
「そうですか、分かりました。おーい、詩子」と、吉川が食堂に向かって声を掛けると、直ぐに詩子が顔を見せた。
「修一君が、今日帰るそうだ」
「あら、もう…。もう少し居てもらいたかったけれど。そうね、仕方がないわね…」と、いかにも残念そうにいったが非常時のことでもあり、言葉の端はため息交じりであった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4585