二人を乗せた車は暗い道を走り続けた。修一は助手席側の窓から見えるその景色を、ぼんやりと見るでもなく眺めていた。吉川は立ち入ったことは一切訊かず、何もいわなかった。ただ、かろやかなエンジン音だけが車内をながれていた。 修一にはどのくらいの時間が経ったか分からない。車は或るドライブインで止まった。 「ここで食事を摂りましょう」 「あ、はい」 店内は古民家風の造りだった。時間が遅かったためか、客はまばらだった。 「ここは天ぷら蕎麦が美味いので有名でね」 二人は小上がりに席を取った。 修一は運ばれてきた天ぷら蕎麦を口にしたとき、喜和子のことがなければもっと美味く感じたに違いない、と思われるものだった。修一は吉川を見て頷くと、吉川も満足そうに微笑んだ。二人は無言で食べた。 また車は暗い夜道を走っていった。喜和子との辛い別れに打ちのめされている修一であったが、温かい食事で腹が満たされとこともあり、幾分心に余裕ができた。ふと、窓側に黒い川の流れに気が付いた。 「あれは何という川ですか?」と窓を指さし吉川に尋ねた。 「あれは芭蕉の五月雨を集めて早し最上川、で有名な最上川です」 「ああ、あれがそうですか」 惣太郎は修一に茶道だけではなく、関連付けた心得として簡単な俳句の手ほどきもしていた。修一が今見ている最上川は、深くゆったりとした流れである。これから雪解け水、雨の多い季節により急流となって姿を変えるのである。修一はぼんやりとであるが、自然の持っている変化の営みを感じていた。 深夜、吉川の自宅に着いた。詩子はひとり寝ずに待っていた。孝治夫婦の家族は引き上げていた。 「お風呂湧いています、お入りなさい」と勧められたが、「いえ、僕は吉川さんの後で良いです」と、長距離運転で疲労しているはずの吉川を気遣い、修一は遠慮した。 「うん、そうさせてもらおう」と、吉川もそのまま風呂場に向かった。その後の風呂から出てきてみると、すでに吉川は就寝したと詩子がいった。修一は労苦を厭わず自分のために何かと便宜を図ってくれた吉川に対して、強い感謝の気持ちを抱いた。同時に、父と吉川の間にある深い繋がりを感じていた。自分はそのおこぼれの恩恵を受けているだけに過ぎない、とも思った。その夜、喜和子のことがあったにも関わらず、よほど疲れていたのであろう、直ぐ寝入ってしまった。
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