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作品名:身延山にて 作者:じゅんしろう

第11回   11
それは長い時間であったが、修一は喜和子が泣き止むのを辛抱づよく待った。その間、喜和子は拒否でもするかのように、一度も修一に身体を寄せることはなかった。修一はそのような喜和子の変化に不安を覚えながらも、待ち続けた。辺りが薄暗くなってきたとき、ようやく喜和子は泣きやみ立ち上がった。
「修一さん、ここまで来ていただいて有り難う。申し出も嬉しいわ、あらためてお礼をいいます。でも、私たちここでお別れしましょう。私は大学を辞め、この土地で生活します。いえ、そうしなければいけないの、母と妹をほうってはおけないの」と、同時に立ち上がった修一に蒼白い顔でいったのである。
「何をいう、別れる必要はないじゃないか。僕は喜和子の力になりたいのだ」
喜和子の意外な言葉に戸惑いながら、必死にいいかえした。だが、喜和子は強く首を振り、修一から離れようとした。修一は思わずその腕を掴み引き寄せようとした。
「私は父を見殺しにしてしまったの。もう、貴方と一緒に過ごすことは出来ないの、以前の私ではないのよ!」と強い口調でいった。
「見殺しにしたって、何をいっている喜和子」
「お願い分かって、分かってください。このまま帰ってください」
「分からない、納得できないよ。分かるように説明してくれ!」
喜和子は一度目を瞑り、「津波が押し寄せ逃げようとしたとき、私飼っていた犬のことを思いだし、助けようと引き返しかけたの。そのとき、お父さんが、俺が助けてやるからお前は逃げろ、と怒鳴られお父さんが家の中に入って行ったの。私は高台に逃れ振り返って見たとき、流されていく家の二階の窓に犬を抱えたお父さんが見えたのよ。私があんなことをしなかったらお父さんは無事だったの。私のせいでこのようなことになってしまった、私のせいで…。私が呆然と立ち尽くしていると、津波がそばまで押し寄せて来ました。そのとき、先はどの男の人に助けられたのです。そして、昨日今日と一緒に捜してくれました。明日も父を捜しに行きます。ああ、今は混乱しています。きっと手紙を書きますから今日はこのまま、どうか後生だから帰ってください、お願い」と、涙を浮かべながら言葉を振り絞り出すようにいうと、さっと踵を返し館内へと走り去っていった。その後ろ姿は自分を責め、頑なにすべてを拒否しているかのようだった。修一はそのまま立ちつくし、呆然と見送ることしかできなかった。
修一は頭の中が混乱していた。心の中で、「何故だ。どうして喜和子の身にこのようなことが起きたのだ」という言葉を繰り返すだけだった。ただ、時間だけが過ぎていった。
やがて、黒い影が修一に向かって近づいてきた。吉川だった。
「どのようなことになったか知りませんが、一緒に帰れるかな?」
修一は我に返ったように、「すみません、皆さんは?」というだけが精いっぱいだった。
「一度、皆のところに行ってきて、先に帰る様にいっておいた」
「ああ、すみません。僕のために迷惑を掛けました」 修一は頭を下げた。


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