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作品名:身延山にて 作者:じゅんしろう

第10回   10
「もしかしたら、山本修一さんですか?」とその女性がいった。
 「はい。妹さんですね、喜和子さんは?」
 「別な場所で話しましょう」と妹はいい、「お母さん、少しの間ここを離れるけど、すぐ戻ります」と縋るような目で二人を見ている母親に声を掛けた。母親は力なく頷いた。
 修一たち二人は館内を出、人の居ない廊下の片隅に行った。
 「私は妹の多佳子です。私だけ、貴男のことは姉から聞いています。父はまだ行方不明なので、お母さんはショックが強く、見てのとおりの状態です」
 「そうですか…。それで、喜和子さんは何処にいますか?」
 「昨日、今日と知り合いの方に車に乗せてもらって、父を捜しに行っています。私も捜したいのですが、母があの状態なので、姉から側に居てあげて、といわれているものですから…」と、気丈に受け答えしていた多佳子であったが、消え入りそうな声になり、涙目になった。
 「………」 
修一は多佳子の家族に起こった悲劇を痛いほどに感じ、天を仰いだ。
「修一さん、来てくれたの」と、横合いから声が掛かった。見知らぬ若い男と立ち並んでいる、疲れきった様子の青白い顔をした喜和子だった。
「喜和子!」 修一は喜和子に駆け寄っていった。すると、「では、僕はこれで」といって、その男は修一に会釈をして去って行った。
「外に出ましょう。多佳ちゃんはお母さんの処へ、お願い」
修一と喜和子は日暮前の校庭の片隅に行った。
「心配して来てくれて有り難う、嬉しいわ」と喜和子はいい頭を下げたが、修一は言葉の響きと態度に或る距離を感じた。
「何をいう、当り前じゃないか」 
修一は喜和子の手を取り引き寄せようとした。だが、喜和子はその手をそっと振りほどいた。修一は喜和子の意外な行為に思わずその眼を見返した。それは初めて見る、喜和子の寂しげで虚ろな目であった。父親が行方不明ということで無理ないことと思い、「妹さんから、お父上を探していると聞きましたが」と、修一は声を落としていった。
「ええ、そう…。そうなの、私のせいなの…」と、喜和子は消え入りそうな声でいい、顔を両手で覆った。
「何があったの、訳を教えて、僕に出来ることがあったらいって、何でもするから」という修一の言葉に、喜和子は反射するように嗚咽ししゃがみ込んだ。修一も同様に喜和子の傍らに寄り添うように両膝をついた。


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