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作品名:平四郎の恋 作者:じゅんしろう

第9回   9
平四郎は食事を済ませた後、一呼吸入れると用件を切り出した。初め、女将は平四郎の申し出に躊躇していたが、亡くなった妻の為にも是非日の目を見させて使って欲しい、という平四郎の言葉にうごかされ承諾をした。平四郎は次の休日に家に来てもらうことを決めると店を出た。外は晩秋の夜の冷え込みを感じさせるものであったが、冴え渡った月のように平四郎の胸中はすっきりとしていた。
当日の昼前に女将が来た。和室に陳列してある食器類の品々を見ると、目を輝かせた。どれも高級な物で、今まで買いたくても手が出ない品々であるといった。
「本当に宜しいのでしょうか?」と、女将が念を押してきたほどである。
「勿論です、お役にたてれば亡くなった妻も喜ぶでしょうし、私も嬉しい」
「ありがとうございます、でもこのままでは私の気が済みません。何かお礼をさせてください」との女将の言葉に、平四郎は、「無用です、お気遣いなく」と申し出を断った。ただ、店も手狭であり収納場所を設けるまで、これらの品々をいっぺんに運ぶことは出来ない、と女将がいうので少しずつ運ぶことになった。料理は季節ごとに旬の食材がある。その都度、それに相応しい食器を使いたいということであった。その間、平四郎の家は倉庫代わりになる訳であるが、快諾した。
その後、女将は持参してきた食材で昼食を作り、二人で食べた。家を訪れる都度、それが自然と決まりのようになった。平四郎にとって女将と一緒の家での食事は、店とは違い格別の味がした。無論、あくまでも好ましい人に対しての想いである。
店で出す新しい食器は常連客に好評で話題になるほどであった。その横で平四郎は知らん顔を決め込んでいたが、内心嬉しくもあり妻の供養にもなると満足していた。
女将の方も平四郎とのことを他の客に口外することは無かったが、酒の通しに珍味が一品多く付いてきた。こうして更に日々が過ぎていった。
年も明け、春がもう目の前という或る寒い日の朝のことだった。平四郎は数日前よりなんとなく身体が怠かったのであるが、目覚めると熱があり寒気もしたので市販の薬を飲みそのまま、また床に就いた。初めは、季節の変わり目によくある軽い風邪であろうと、たかくくりしていたのであるが、年齢的なことからか容易に回復しなかった。それでも、医者に係るほど深刻ではない、と考え更に数日間家で安静にしていた。
或る朝のこと。目覚めてからも気怠い身体でぼんやりと寝室の天井を見ていた。以前は二階に寝室があったが、今は階段の上り下りを避けて一階の一室をそれに充てていた。  体力的に衰えている自分の年齢ではいつ死んでもおかしくはない。日頃から、歳に不足はない、と考えていた。平四郎は名前のとおり四男である。彼の兄弟も皆すでに亡くなっており、旧友も同じである。長生きしすぎたかと思わぬでもなく、弱気になった。そうしていると、亡くなった妻や娘でもなく女将の顔が浮かんだ。


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