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作品名:平四郎の恋 作者:じゅんしろう

第7回   7
その店はかって大きな倉庫だったのを借り受けて、土、日曜日だけ営業していた。店は二人の年老いた姉妹が店番をしていて、そのどちらかの息子とその子供が現場などを走り回り切り盛りしている。店に入ると奥まったところに老姉妹が、仲良く椅子に腰かけていた。平四郎を見とめると小柄な二人が立ち上がり、「いらっしゃい」と二人とも眼鏡の中の温和な目で迎えた。平四郎は思い出した程度に来る客であったが、それでも直ぐにお茶を出してくれた。そこで差しさわりの無い世間話をした後、店の中を見て回るというのが常であった。話していたところでは、姉の方は八十歳を幾つか越えているようで、妹は八十歳近くということである。以前、平四郎と三人合わせれば二百五十歳と大爆笑になったことがあり、老姉妹は親しみを持っているようだ。幸い手ごろな冷蔵庫が展示されていたので即決し、後で配達してもらうことで帰ろうとしたときだった。食器などが展示されている二階から、地味な洋服姿の婦人が買い物籠を提げて降りてきた。最初、平四郎はその婦人から挨拶されるまで誰だか分からなかった。それはふくろうの女将だった。店では薄化粧をして和服姿で髪は掻き上げている。それが化粧もせず髪を下ろし、洋装であったので分からなかったのである。素顔だというのに、女将は歳より若やいだ印象を感じさせた。心の持ち様がそのまま顔に出ているのだと、平四郎は好ましく思った。
だが、「思いがけないところで会いましたな」という平四郎に対して、女将はやや恥ずかしげな微笑みを見せた。ときおり来ては食器などを買い求めているということだった。老姉妹とも懇意にしているという。自分の店の時と違い、控えめなものいいに終始していた。平四郎にとって、別な女将の一面を見たような気がした。その時はそこで別れたが、あるいは、これが本当の女将の素顔かも知れないと、平四郎はぼんやりと感じただけだった。
それから程なくして、ふくろうの店で頼んだ煮魚定食が出されたとき、「このお皿、この前お会いしたお店で買ったものです」と小声でいいながら、女将が平四郎にだけ分かる意味合いを込めて気恥ずかしげに笑った。それは焦げ茶色の重厚で気品のある高級感を感じさせる焼物の皿であった。
「良い皿ですね、焼物に目が利くようですな」
「いえ、仕事柄好きなだけです。でも掘り出し物だと思いますわ。本当は、もっといっぱい揃えたいのですけれど、なかなか…」と、女将はまた気恥ずかしげに笑った。
平四郎は女将の二度目の気恥ずかしげな笑いの意味を理解した。同時に、亡くなった妻の文子が焼物の食器に目がなく、高そうな物を買い揃えていたことを思い出していた。娘の慶子は妻の形見分けの時、和服などは随分持って行ったが食器の類いは興味がないのか、ほとんど手を付けてはいない。今は食器棚奥深く、あるいは押入れに仕舞ってあるはずだった。平四郎は女将にそれらを無償で譲ってあげることを思い付いた。


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