20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:路地裏の猫と私 最終章 作者:じゅんしろう

第9回   9
ぶらぶら歩いていたが、自然と歓楽街の方に来た。夜の煌びやかなネオンの無い昼間の歓楽街は、気が抜けたとでもいおうか、不思議な雰囲気を醸し出す。狭い路地にスナックや居酒屋などの飲食店がひしめき合うように並んでいるが、その所どころでノラ猫の姿を見かける。これはどの街の歓楽街でも見られることであるが、多くは飲食店の関係者が癒されるためか心の慰めに餌を与えているようだ。従がってノラ猫たちも夜の勤めを終え、起きたばかりという気怠さを感じさせる。いま都会では猫カフェなるものがあり、多くの人が癒されるために来店するという。人間は都会に住もうが田舎に住もうが、何かしら孤独感を懐いている生き物である。すべての人間といって言いだろう、それから逃れることはできないようだ。
 このあたりに住むノラ猫は誰かしらに餌を与えられているためか、警戒心がやや薄いように感じる。比較的、近寄っても逃げようとはしないのだ。従がって、私の格好な被写体である。だが、パソコンに取り込むような、面白いというものは中々撮れるものではない。最近は撮ることに欲が出てきたためか、こだわりが生じてきたのだ。
 「ん……」と、ひとつ溜息を吐き、首をひねるとそこを離れた。
 今日は駄目かなと思っていたら、ある路地ですごい被写体に出会った。全身薄黒い茶に濃い黒の線が入っている猫がじっと物憂げに座っていたのだ。とくに両目の上のところが歌舞伎役者の隈取のようなくっきりとした模様であった。それも公家荒といわれる国家転覆を狙う大悪人級の黒く太い隈取である。以前、我が路地裏に目の下に紅い隈取の猫が現われたことがあり、団十郎と名付けたことがある。だがこの猫の迫力は思わず唸ってしまったほどだ。今、家の辺りを悪役顔の猫が来ているが、この猫の前ではこそこそと逃げ帰ってしまうのではないかと思うほどである。早速、私は何枚も撮った。
 また、ぶらぶらと散策をしていたら、坂本さんが自宅の真向かい側にある広い駐車場で鳩に餌をあげているところに出くわした。我が家の横に猫ハウスを作った人で、私がノラ猫と係わりを持つきっかけになった人だ。以前から髭を生やしていたが、いまは顔の下半分がぎっしりと白い髭で覆われていた。目が合ったので挨拶をすると、坂本さんは手をあげ、「やあ、やあ、お久しぶり」といいながらこちらへやって来た。もう、坂本さんは我が家の猫ハウスに係わることは無い。いまは別の年配の女性が世話をしている。訊けば、歳を取って身体がきつくなってきたから、近くを廻って猫の世話をしているということだ。しばらく猫談義をしていたが、最後にしみじみと、「あと何年世話ができることやら」といった言葉が印象的だった。我々の年代は、人それぞれ老いを自覚して生きているが、私もあと何年だろうと思ってしまった。ただ私の場合は、なんの何年かは分からない。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4698