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作品名:路地裏の猫と私 最終章 作者:じゅんしろう

第8回   8
北海道は春と秋が一番過ごしやすいと思う。春、一斉に花が咲き日々暖かさが増してくる喜びはなんともいえない。秋、徐々に花が枯れ、紅葉で山や街が鮮やかに色づく。日々肌寒さを感じる物寂しさはなんともいえないものだが、それはそれでまた好し、である。
中秋の今は、まだ陽に温もりがあり、鼻歌の一つもでようかというところだ。家を出ると、向かいの家の竹と木板で組まれている垣根の上で、母猫と二匹の子猫が日向ぼっこをしていた。親は茶と黒の斑模様、子は黒と白、と三毛である。もう一匹下の方で、黒がにやぁ、にやぁと泣きながら頻りに登ろうとしている。垣根の高さは、二メーターは有ろうかという作りである。登るこつを掴むまで悪戦苦闘しなければならない。ほら、頑張れよと思いつつ、路地裏を出た。
 今日の散歩は当てもなく行き当たりばったりである。と、直ぐに榊原さんという方が自宅の向かい側にある家と家との空き地の辺りを、しきりに何かを呼びかけているのが見えた。私には直ぐにそれが何をしているのが分かった。榊原さんは無類の猫好きで、牝の飼い猫を探しているのだ。このような光景はしばしば目にしていた。従がって、ときおり私と猫談義に花を咲かせる間柄でもある。
 「オーイ、もい、もい」と篠原さんは呼びつつ、私を見とめると照れ笑いをした。
 「また何処かへ、ですね」  「ええ、先ほどまでいたのですが」
 「猫は気ままですからな」  「本当に。人間の都合など知ったことではないというところです」と言いながらも、心配そうにまた、白髪の頭に手を当てながら呼んだ。
 と、空き地に置いてある廃車の陰から当猫が顔を見せると、優雅という言葉の表現がぴったりの様子でゆっくりと寄ってきた。もいは明るく薄い茶と白模様が絶妙のバランスで顔立ちも整っている牝猫である。目も青み掛かって美しい。普段、家の前を通りかかると、窓際に座ってじっと通行人を眺めている。世間でいうところのセレブな御婦人の猫版といったところだ。何度か写真を撮ろうと試みたことがあるが、その都度、肖像権侵害よ、といわんばかりに体を躱されている、侵しがたい猫なのだ。榊原さんも抱き上げて家に連れ帰ることはせず、声を掛けて家に誘導するだけである。説明では、家の飼い猫ではなく転勤で小樽を離れた娘さんの預かり猫という。それでこの猫に気を使っているようだ。榊原さんの飼い猫としては確かにもう一匹、やや濃い目の茶色の猫がいる。ただ、外に出たところを見たことは無い。もいの写真を撮るチャンスと思ったがなんとなく憚られ、そこから離れた。
 飼い猫にしろ、ノラ猫にしろ、大通りで見かけることは少ない。従がって、もっぱら路地を歩くことになる。以前、坂道探索で気が付いていたことだが、北海道の他の街より小樽の街は路地が多いと思う。これは海と山に挟まれ、圧縮された地域で家が建てられているせいではないかと考えられる。


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