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作品名:路地裏の猫と私 最終章 作者:じゅんしろう

第4回   4
ハローワークの建物に入ると、仕事を探す為の検索機がたくさん設置されてあり、多くの人が真剣な顔つきで調べていた。年金暮らしの私としては場違いな気がしたが、ともかくも座った。私の場合は、元教師の肩書は意味をなさず、条件として年齢不問を探さなければならない。従がって、余りないだろうなと予想していたが、ほとんど無かった。しばらく探していたが、ひとつ、ビルディング管理サービスで契約社員の、年齢不問で作業時間が四時間というホテル内での洗い場の仕事が掲示されていた。要は皿洗いである。パラマウントホテルという名で、街の繁華街にある十二階建てのシティホテルだ。そのとき、以前或る人から聞いていたことを思いだしたのである。それは、下げられてくる物の中には手を付けられていない物があり、自由に食べてよいという話である。ホテルの食事は高級料理で値段が高いということは知っていた。私の中で、これだ、という、よくいうと好奇心が沸き起こった。悪くいえば、食べることに対する執着心であるが。すぐに応募することに決めた。手続きを済ませたが、早速明日の夕方面接することになった。相手側も急いでいるようである。
家に帰ってから四十五、六年ぶりに履歴書を書いたが、私は教師一筋だったので直ぐに書き終わった。それを眺めていたら、波乱万丈の長い風雪に耐えた生活とはほど遠く、私の人生はこんなものだったのか、という心境になった。
次の日の夕刻、ホテル内の地下一階にあるその事務所で面接をした。所長は笠井さんという五十年配の人で、温和な印象を受けた。
「高校の先生をなさっておられたのですか、それは、それは。一応お聞きしますが、応募された動機は?」
「家に閉じこもってばかりでは。やはり、人間というものは何らかの刺激を受けなければ駄目なようです」
「そうでしょうな、よく分かります」と笠井所長はいい、にっこりと笑った。
その場で採用が決まり、一週間後の夜から三階の和食の厨房で働くことになった。最上階の十二階は洋食で他の人が担当とのこと。夜は六時から十時までの勤務だ。朝、昼、夜の三交代のシフト制で、休日の曜日は不確定だ。私にとって理想的である。前日、いろいろの質問を想定していてあれこれ考えていたが、あっけないくらいの出来事であった。内心苦笑いをせざるを得なかったが、よほど人手不足なのであろうかとも思った。あるいは別な理由があるのかもしれない。が、そのときはそのときである、なる様にしかならないと、帰路に着いた。


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