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作品名:路地裏の猫と私 最終章 作者:じゅんしろう

第3回   3
「私の居ない間、食事や家事のことが気がかりだわ」と、妻は私のことの心配を仕切りに口にする。が、私にも三十七、八年振りの独身生活を謳歌したいという思惑があるのだ。無論、互いにそれを口にすることは無い。かくて二人の思惑は、狐と狸の化かし合いで一致しているのだ。このところ粗大塵と侮られぬよう、何かと家事に手を貸すように心がけているので、諸事万端ある程度こなすことが出来ると自負している。が、妻はかねてより先生役をやりたかったのか、無理やり一通りの簡単な料理や必要最小限の家事を私に教えると、秋の中ごろに風の如く行ってしまった。
さて、これからどう過ごすかである。じつは、毎日が日曜日というものは甚だ困ったものなのだ。定年退職後のライフワークを求めて、ノラ猫の観察記を書いたり小樽の坂道を探索したりしてきたがそれも尽きた。また、学生時代の親友である鳴海も奥さんの実家がある埼玉県に引っ越して行った。もっとも、インターネット碁で盛んに交流は続いてはいるが。だが、人との付き合いというものは面と向かっていなければ駄目なものである。他の囲碁仲間との付き合いは途切れた。
妻の実家がある小樽に来て、五年はとうに過ぎている。六十五歳以上の高齢者といわれる分類に入っているのだ。その妻が東京に行ってしまった今、私は一人ぼっちといえた。数日間は何思うまでもなく気ままに過ごしていたが、話す相手がいないということはいささか困ったものである。或る夜更け、ふいに静まりかえっている家で一人ぽつりと居る自分に、賑やかな妻が居なくなってから初めて、そのことに気が付いたのである。   
近頃、しきりと孤独死が新聞などで取り上げられ社会問題になっている。自分にいつそのようなことが起きてもおかしくない、明日は我が身で、他人ごとではない年齢なのだ。私は思わず腕組みをして考え込んでしまった。
翌朝、私は妻が帰ってくるまで、もう一度他人との交わりを持とうと決めていた。趣味やボランテアではなく、責任と実益を兼ねたものに。つまり、ありていにいえば今の私にも出来そうな仕事をしてみようというのだ。無論、年齢から考えて、あれば、の話であるが。早速、ハローワークに向かうため家を出ると、傍の雑草の溜まり場で何匹かの子猫が遊んでいた。私を見とめると動きを止め、警戒態勢に入った。このところ見かける黒と三毛と茶と黒の斑点模様の三匹である。どれも丸々としていて可愛らしい。子犬もそうだが、どうして生き物の子供の時の丸みやあどけなさは無条件に人を引き付けるのであろうか。つい、笑みがこぼれてくる。私は三匹の子猫に見送られるかたちで家を後にした。


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