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作品名:路地裏の猫と私 最終章 作者:じゅんしろう

第2回   2
じつは前例があり、昨年、一匹の猫を妻の留守中に家のなかに入れることに成功しているのである。その猫は、茶に黒のまだら模様で擦り寄ってきて人懐こい。小虎と名付けた。ただ、手で撫でてやるのは問題ないが、抱き上げてやろうとすると嫌がり、するりと逃げる。家のなかに興味があるのか盛んに覗くような仕草を見せ、入りかけたときもある。だが、猫を触れない妻がいるとき、家に上げることは御法度である。その妻が所用で二、三日家を空けたことがあり、その猫を家のなかに招き入れたのだ。この猫はじっとすることなく居間の中を動き回って騒がしい。ようやくそれも飽きたのか、カーペットの上で自身の体を舐めだし、寝そべった。そこをデジタルカメラで待ち構えていた私はシヤッターを切り、何枚かを撮った。じつは以前買ったデジタルカメラを持ち、ときおり街中に出てはノラ猫を見かけると写していたのだ。その中で気に入った写真をパソコンに取り込む、ということを盛んにするようになっていた。今回気に入ったものをパソコンに収めるつもりであるが、欲が出た。我がパソコンには撮影機能があり、デスクトップに映った画面を撮ることができる。私と猫との一緒の処を撮りたいと思ったのだ。早速、準備をしてそのときを待った。じつと待つこと、五、六分ほどであろうか、小虎が胡坐をかいている私の足に前足を掛け、パソコンを覗き込む様な仕草をした。そこをすかさず両手で抱き上げ、クリックしてシヤッターを切ろうとした。が、小虎は嫌がり逃れようとする。如何せん、クリックするとき片手を小虎から離さなければならない。もう片方の手で強く抱きとめるのだが、小虎はいよいよ暴れまわるようになる。そのため、せっかくクリックに成功しても、写真がぶれてしまうのだ。三枚ほど撮ったが、みな同じ結果になってしまった。仕方がないので、その画像はそのままパソコンに取り込んである。その小虎も今はいない。近所の猫好き同志間の噂では、人懐っこさゆえ好かれ、どこかの独り身の男の老人に飼われたらしい。
今回、時間はたっぷりあり、その轍を踏まず、じっくり時間をかけるつもりだ。何故なら、我が妻はいま東京に住む娘の処に居るのである。夫の親の家に同居していたのであるが、一昨年舅が亡くなり、昨年には姑も亡くなられ娘の家族だけになったのである。二年続けての喪中という不幸続きであった。が、好くしたもので今度は娘が三人目を妊娠して、新しい命が誕生する予定ということに相成った。ただ、娘も三十歳代の出産ということの不安もあり、二人の子供もまだ手が掛かる真最中ということで、まさか夫婦一緒という訳にもいかないから、妻だけ長期応援出張ということになった。妻の心中を察するに、可愛い孫に会え、しばらく一緒に生活するということで嬉しいに違いない。粗大塵化しつつある私と暮らすより何十倍も良いであろう。が、そのことはおくびにも出さず、やれ、やんちゃ盛りの孫の世話は大変だとか、娘の分までの家事は疲れるだろうとか、苦労を強調する。娘の要請のため、私の前では仕方なしに行くという態を繕う。そのくせ、浮き浮きした様子は隠しようもなく、私の居ないところでは鼻歌交じりで、せっせと支度していたのを知っている。ひところ、亭主元気で留守がいい、という言葉が流行ったことがある。この国では、決して女房元気で留守がいい、ということにはならないのだ。


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