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作品名:路地裏の猫と私 最終章 作者:じゅんしろう

第16回   16
夜の勤務のときは帰宅が十二時近くであるから、お茶などを飲んで誤魔化すことができる。問題は朝や昼の勤務のときである。就寝までの時間の何と長いことか。お茶やコーヒーだけではなくジュースや普段飲まないコーラの類いまで飲むのである。苦心惨憺であった。だが、しかしである。私はもともと特別なことの無い限り、昼間は呑まない。問題は夜である。四、五日目あたりからであろうか、酒を呑まないことが苦にならなくなってきたのだ。更に一週間過ぎたあたりから、酒を呑みたいとは思わなくなってきたではないか。我ながら何ということであろう、と思ったほどだ。という訳で、あっという間に二週間が過ぎてしまったのである。私はほとんど晩酌を欠かしたことは無かったが、アル中ではないことを確信した。かねてより、私は煙草こそ吸わないが、食事は好き嫌いが無く、酒も呑めて楽しめるという身体に産んでくれた親に感謝していた。おまけに辛いもの好し、甘いもの好しの両党なのである。人生これだけ呑み続けてきて、アル中にもならないということにまた親に感謝した次第である。後は薬を飲み終えてから、どうなるかだ。
一週間が過ぎ、二週間が経ったが、胃に痛みは覚えない。この頃には随分と雪も解け、季節もすでに春の装いに変わりつつある。我が猫ハウスの住猫も頻繁に姿を見せるようになってきていた。そのとき面白いことがあった。以前、我が家に入りかけたあの黒と茶の縞模様の猫が戻ってきたのである。私は玄関の戸を開けてやり、部屋の中から様子を窺ってみた。と、どうであろう、入って来たではないか。猫の方も居間の私の様子を窺っていたが、とうとう居間の中まで入ってきた。妻が居たら、「きゃーっ」と大声を出すところである。猫は居間の片隅でじっと座りこんだ。そのとき私は気が付いた。去年我が家を覗き込んでいた猫とは違うようなのである。あのときの猫は毛に光沢があった。だが、この猫の毛はくすんだ色合いをしていた。外にばかりいるから、薄汚れたのかと思い、じっと見てみた。やはり、似てはいるが違う猫であった。同時に、去年何匹かの子猫が向かいの塀に登っていたが、そのうちの一匹であることに気が付いたのである。半年で大人の猫になっていたのだ。私はあのときのイメージから、ちびと命名した。
「ちび」と声を掛けてやった。無論、無視された。しかし私はこれからも、ちびと呼び続けることに決めていた。玄関の戸を開け、居間の戸も開けているから、石油ストーブを点けているとはいえ寒い。私が立ち上がると、ちびも立ち上がり外に出て行った。
三週間が過ぎても胃に痛みはない。仕事の方はさほど忙しくはなかったが、或る夜宴会があり久しぶりに加賀さんと一緒になった。加賀さんも随分と慣れたようで食器の仕舞場所に迷うことは無い。宴会が終わり、二人して会場に向かった。何かの祝いの会だったようで、ケーキやクリームのデザートが多く残されていた。加賀さんは満面に笑みをたたえ、デザート類は別腹とばかりに大いに食していた。大量の食器類を三階に上げ、皿洗いに取り掛かる。加賀さんは帰りのバスの関係で、九時半に上がる。それからは私一人であるが、十一時を越えそうだ。また、週末に忙しい日があり遅くなった。そのような或る日、また、胃に鈍い痛みを覚えたのである。そのときは市販の薬で治まったが、翌日も痛みを覚えた。またまた、開業医に駆け込むことになった。


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