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作品名:路地裏の猫と私 最終章 作者:じゅんしろう

第15回   15
「ううむ、胃カメラで検査したほうが良いですな。どうします?」と先生は言った。強制的かと思いきや、あくまでも薦めるかたちをとる所が面白いと思った。私もこうなっては診てもらうしかないと覚悟を決めていたから、お願いすることにした。検査日は予約制で一週間後である。朝、正規の診察時間前に検査をするという。すでに予約で満杯の為、その日になったのだ。皆さん、何らかのストレスを抱えて生きているということだが、考えてみれば、家族といえども何らかの気を使う存在である。ましてや他人ならばなおさらのことだ。あるいは自分自身にたいしてもそうかもしれない。大袈裟にいえばストレスは太古の昔からかもしれないな、と妙に考えさせられた。その間、また薬を飲むことになる。薬を飲めば胃は快調である。従がって指示を無視して酒も呑み続けることになった。
洗い場に補充の人が入ってきた。三十歳代半ばの加賀さんと言う小柄な主婦である。私が二日ほど指導することになった。はきはきとしていて好感が持てる方だったので、熱心に教えた。私が一生懸命に指導している様子に、調理師の某がにやにやと笑って見ていた。私と加賀さんとは親子ほどの歳の差である。下心ありと見られ、男の本性を感じたのかもしれないと思われるのも癪なので、「ここにはイケメンの調理師がいますよ」と加賀さんに言うと、「何処、何処ですか?」と目を輝かせた。三十歳で妻子持ちであるが、中々の美男子である。「そこで魚を捌いている人です」と教えたが、丁度厨房の上部に設置されているステンレス製の食器入れに隠れて顔が見えなかった。それを加賀さんは、まるでボクサーのように軽やかなフットワークで身体を左右に動かし見ようとしたので、その仕草に思わず笑ってしまった。平安時代に書かれた源氏物語の作者、紫式部はイケメン好きの様だったが、どうも女性のイケメン好きは神代の昔からのようだ。
胃カメラ検査の当日になった。無論、朝食抜きである。前夜、私も思うところがあって、久しぶりに酒を呑まなかった。まず喉に、げー、げー、せぬよう麻酔薬を施す。それから台に寝かされ胃カメラを胃の中に押し込むわけであるが、先生が胃カメラを構えた姿を見ただけで、げーっとなりそうになった。あわてて半身を起こした。先生はよくあることと、「落ち着かれてから、少し後にしますか」と言った。だが、明らかに情けないという表情が見て取れたので、私も一呼吸を入れると、「いえ、お願いします」と答えた。覚悟を決めると、後はどうということもない。喉を胃カメラの管がするすると入って行った。
「ああ、大石さん。上手ですよ」と先生は励まし褒めながら管を入れていく。自分が子供のようで情けないことこの上ない。今は胃の中が本人にも見ることができる。空っぽの自分の胃を見るというのもなんとも不思議なものである。その結果、胃潰瘍が見つかった。
二週間分の強い薬を飲むむ羽目になったが、私はこのときある覚悟を決めていた。薬を飲んでいる間、酒を断とうというのだ。前日から呑んでいないから、半月間の断酒というかってない自主的大計画である。乳癌を患ったときは、病院での入院生活を余儀なくされたから酒は当然呑むことはできない。その間、十日余りに過ぎず、今度は大幅に更新する十五日であり、私にとって大変なことなのである。未曾有の大決心といってよいのだ。


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