20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:路地裏の猫と私 最終章 作者:じゅんしろう

第10回   10
 次の日から、また皿洗いの仕事である。もっぱら夜の勤務が多いが、夜だけではなく朝や昼の勤務をもするようになった。朝は七時から十一時までである。私の場合もそうであるが、朝は食欲が無いことが多い。宿泊客もそのような人が多々いる。従がって、手を全然付けていない魚など色々あるのだ。終了して、あと片付けの時、ステンレス製に入っているお粥の残りがある。捨ててしまうのは勿体ないので私がいただくことになる。おかげで普段の家の朝食より多く食べることになるのだ。昼は十二時から四時までである。ランチタイムであるが、結構会席料理の客もいる。手を付けていない物もあるが、ただ、不思議なことになんとなくせわしなく感じ、夜より私が食することが少ないのだ。夜の勤務のときは、ときおり調理人が、「これ食べてください」と、余分に作ったものであろうか色々と手の込んだものを持ってきてくれる。無論、私は遠慮なく食した。少し慣れてくると、調理の様子を見る余裕がでてきた。蕪むきなど高度なテクニックを難なくこなしていたり、料理長が大きな魚を捌く様子を若手の料理人が横目で見ていたりする。また、捌き方のこつを直接伝授してもいた。なんといっても、出汁のとり方が家庭料理と違い、鰹節や昆布を大量に惜しみなく使うところであろう。いわゆる旨味というやつである、美味いわけだと思った。若手が出汁をとり、それを小皿に入れて料理長に味見してもらっていた。料理長は口に含むと、少し首を傾げその大鍋に調味料を、ぱらりぱらりと極めて少々入れた。それを見て私もどう違うか、味見させてもらいたいと思ったくらいだ。最初に感じたことであるが、厨房で働く人は穏やかな人たちである。料理長の人柄か方針であろう、厨房は軽い冗談が交わされ和気藹々としている。ときおり、私が忙しく彼らが暇な場合、手伝ってくれる。類は友を呼ぶというが、良い職場だと思った。
こうして一週間、二週間と過ぎていった或る休日のことである。妻が居ないので、当り前のことであるが買い物は自分でする。すぐ近くにあるスーパーマーケットの帰り、家の路地に入った時だった。家の玄関辺りで猫の唸り声が聞こえた。見ると猫ハウスの牝の住猫と見知らぬ白黒の猫である。白黒猫が唸り声で威嚇し、牝猫は怯えているようだ。そのときである。私の足元をするすると抜け、牝猫の間に割って入った猫がいた。濃い茶色と黒の斑点模様の悪役顔の猫であった。うううっ、と恫喝するような唸り声を発するやいなや、猛然と見知らぬ猫に飛び掛かっていったのだ。堪らず見知らぬ猫は逃げだし、悪役顔の猫は追いかけ、二匹の猫は路地裏からあっという間に姿を消した。私はそのとき悟った。悪役顔の猫は、猫ハウスの用心棒だったのだと。映画俳優でいえば三船敏郎といったところか。用心棒という映画は斬った張ったの凄い映画であるが、ユーモラスなところもある。強面になんとなく愛嬌を感じたのは、その為だったのだ。私はおもわず含み笑いを浮かべ、且つ喉を震わせて小さく声を出して笑った。まだ陽は明るかったが、何となくビールを呑んで喉を潤したくなり、家の中に入った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4694