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作品名:やぶれかぶれ 作者:じゅんしろう

最終回   5
当日朝靄煙るなか、豪右衛門は鎧の代用に紙子羽織の後ろに黒い餅を描いたのを着て、どこで調達したのか大きな板を鋸歯に刻みこみ腰指物にしている、その雄姿をあらわした。  充四郎はもとより他の負け獲られ組の仲間も、刀のないものは竹槍を作るなど思い思いの出で立ちで戦を待っていた。皆、いつでも来やがれと、自棄糞である。
程なく靄もはれ、両軍が接近し睨み合いになった。
やぶれかぶれの豪右衛門は左手に軍扇、右手に刀をだらりと下げ、
愛 宕 詣 り に 
   袖 を ひ か れ た り
という今流行りの小唄を調子はずれの大声で唄いながら、悠々と前に出て行った。小唄好きの豪右衛門が我が家で呻っていると、必ずつうが飛んできて、子供が引きつけを起こしますゆえ、お止めくだされ、と言われていた。だが、これが今生の別れの唄であると、つうや三人の愛娘の顔を思い浮かべながら、さらに声を張り上げた。ほかの負け獲られ組みも後に続き、期せずして豪右衛門に唱和し、辺りに響き渡った。
敵兵側も裸同然の八人の侍の出現に余りのことに呆れるやら、小唄の大合唱に何かとんでもない秘策が隠されているのかと、じっと見ているばかりである。奴さんたちは死ぬ気でいるから呑気なだけなのだが、そのことは知らない。この時点で、気概に呑まれていたといってよい。豪右衛門は頃合よしとみるや、すぅーっと息をのみ刀を高々と掲げると、「かかれ、かかれ!」と大声を張り上げた。他の負け獲られ組も、「うおーう!」と雄叫びを上げ怒涛のように敵陣に切り込で行った。その捨て身の勢いに思わず前面の敵兵は後ずさりし背を向けた。そうなると、周りや後ろにいる敵兵もつられて背を向けてしまった。これを見て味方の兵たちは雪崩をうって敵陣に突っ込む。その周辺の敵陣は散々に打ち破られたのである。ほかの戦線では激戦が続いたが折りよく織田信清の援軍が到着し、織田信賢軍を横から突いたから堪らない。信賢軍は千二百人の死者を出すという壊滅的な大敗を喫して、信賢は岩倉城に逃げ帰ったのである。味方の大勝利であった。この時点で信長は、尾張一国をほぼ手中に収めたと言ってよい。第一の手柄は、無論豪右衛門の一番槍ならぬ一番太刀である。豪右衛門を初めとした博打の負け獲られ八人組は、信長の覚えめでたくそれぞれ加増や多額の恩賞を賜った。これを称して、浮野の八人衆と言ったとか言わなかったとか。
翌年尾張を平定した信長は、永禄三年桶狭間の戦で今川義元の首を打ち取り、更に美濃を手に入れると天下布武を旗印に、足利義昭を擁立して天下平定に乗り出した。
その後信長の覇権確立に、どう作左部豪右衛門が暴れまわり活躍したかは、筆者は知らない。


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