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作品名:やぶれかぶれ 作者:じゅんしろう

第2回   2
さて、わが豪右衛門は今宵もどこそこの賽ころ博打の輪に入っていった。足軽大将になったばかりで、まだ心ある武将にはなっていない。無類の博打好きといったほうである。ただ、下手のよこ好きで勘で打っているばかりだ。初めのうちこそ勝ち続け、調子が良かった。そこで止めておけば良かったものを、つい、まだ幼い愛娘たちの姿が目に浮かび、あの子たちのためにもと欲が出た。豪右衛門は見かけによらず子煩悩である。ふき、さき、あきと三人の娘がいるが、とくに次女のさきが紅い模様の子袖を揺らしながらよちよち歩きを始めた姿は堪らず、つい己の剛毛の髭面も忘れて、痛がるのも構わず頬擦りしてしまうほどだ。そのつど、家付きで姉さん女房のつうに叱られてはいるが。娘たちにもっと良い衣服や暮らしをと、更に打ち続けてしまった。
だが、己に都合のいいことは続くものではなく、そこに玄人の某という雑兵(金で雇われた兵)が入ってきた。べつにいかさま博打ではなくとも、賽ころにはそれぞれ癖がある。半が出やすいか長が出やすいかは、玄人には分かるのである。後は出やすい目に張っていけばよい。それを見極めた某にかかって、素人である豪右衛門はたちまち負けだした。今まで勝っていた分が消えてしまったが、ここで引き上げたならどうという事もない。が、一度懐に入ったものは己のものであると、元手分は無事なのに負けてしまった気持ちになっている。それを取り返そうと打ち続けた。だが、挙句の果てに有り金全てを擦ってしまったのである。ここで腰を上げていたら、まだよかった。が、完全に熱くなってしまった豪右衛門には、某の怖さが分からない。たちまちのうちに某の側に積まれた銭の山に悔しさでいっぱいである。そして、大事な武具や馬具に手を付けた。結果は同じ事である、それらも擦った。ついに、大枚をはたいて買ったばかりの馬を張り、今までの損を取り返そうと某と大勝負に出た。だが、結果は同じ事である。ものの見事にすってんてんになってしまったのである。残ったものといえば、わずかに刀ひと振りと褌姿という、裸同然のなんとも情けない格好になってしまった。さすがの豪右衛門も青くなってしまい、項垂れて持ち場に帰った。部下の足軽たちを見ると、陣笠や胴鎧のない者、更には篭手や陣羽織のない者などいろいろであった。が、彼等はさほど気にはしていない。何故なら、いざ戦いになれば、敵兵の遺体から武具などを剥ぎ取ってしまえばよいからである。以前の豪右衛門もそうしてきた。しかしながら、今はいやしくも足軽大将である。更には、ここまでのひどい負けかたは未だ嘗てない事であった。どうしょうと、恐ろしげに角を出している姉さん女房のつうの顔が浮かび、身を縮め頭を抱えこんだ。


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