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作品名:やぶれかぶれ 作者:じゅんしろう

第1回   1
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 作左部豪右衛門は名前のとおり威風堂々とした体躯の持ち主で、織田信長家中でも豪勇強者の一人に数えられるほどだ。先の戦でも功名を立て、三十歳前で槍組の足軽組頭から足軽大将に抜擢された。組頭は三十人の足軽を率い、その大将ともなれば二百石から三百石の扶持取りで数名の組頭が付き、馬にも乗れる身分である。いざ戦いとなれば最前線に立つ。
信長は門閥にこだわらず、能力さえあれば足軽や浪人など貴賎を度外視してどしどし登用した。尾張の大うつけと言われていたが、下克上の戦国乱世を生き抜き天下に覇をたてようとの意気込みだけでなく、安易な常識を嫌う卓越した能力の持ち主でもあった。
永禄元年、尾張下四郡を支配下におき、いよいよ尾張統一を目指して尾張上四郡を平定すべく、織田一門の宗家でもある岩倉城主織田信賢と雌雄を決しようと浮野の地に二千人の軍を進め対峙した。対する信賢の軍三千人である。無論、戦略家でもある信長は犬山城主織田信清に自分の妹を嫁がせ、見方に引き入れている。千人の援軍が来る手筈になっていた。
睨み合いはすでに数日間続いていた。
ある夜間の事、見張り役を除けば他の兵は暇である。戦国時代、陣幕級の幹部はともかく、彼等荒武者は何々大将から足軽雑兵に至るまで、夜ともなればほとんどがあちらこちらで気狂いのように博打を打っていた。最前線で戦う者は死と隣合せの今日あって明日のない身である。戦いに明け暮れている彼らにとって、前の日まで親しく口を聞いていた同輩が次の日は骸となって冷たくなっている、という事は日常茶飯事といってよい。数限りなく体験してきたが、やはり無常観に陥る。従って、夜毎我を忘れて博打に打ち込むのである。その賭け方も半端ではない。ひと勝負に五貫、十貫(諸説有るが、一貫約十万円)、砂金五両、十両(同様に一両約二十六万円)賭けてやる。あっという間に丸裸になってしまう者が出てくるが、熱くなっているから止まらない。そこで武具や馬具までも賭けて打つのである。ひどいのになると、何処其処の土蔵にある武具を賭けるという者もいる。後日、そこに盗みに行き、その分だけ盗んで支払うのである。そういうわけで、いざ合戦となると兜だけで褌姿、あるいは鎧だけで大刀も兜もないという者などそれぞれで、中より下の者で整ったいで立ちはまずいなかった。しかしながら、戦で功名を立てる多くはこのような手合いである。室町時代の説話集塵塚物語に、「これ博打に打ちいれて困窮至極の場合なれば、この度一定必死と心得、此所をすすがんとの一心によりてなるべし」とあるほどだ。遥か源平合戦や鎌倉時代から博打に関しての苦言の記述があり、心ある武将は随分これに悩まされたが、どうにもならなかったようだ。


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