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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第72回   72
その図面を持ち帰り、惣左衛門とともにまた祠の中に入った。図面のとおり仕掛けを解いていくと壇の一部が開き、大きい骨箱と小さな骨箱、翡翠の深緑のロザリオが現われた。磐乃とたまの遺骨、磐乃の遺品であった。しばらくの間、二人はそれらを何も言わず見つめていた。惣左衛門の家族の悲劇を招いた元凶であった。すると、惣左衛門は啜り泣き始めた。ついには両手で顔を覆いながら声をあげて泣きだした。鴻池は惣左衛門の二人の息子を失った、無念の気持ちが痛いほど分かった。さらには、惣左衛門自身がその元凶であるという想いがそうさせたという事も理解していた。これから死ぬまでそのことを背負っていかねばならないのだ。だが、どうにも出来ない無力の自分の存在に歯痒い思いを抱くだけだった。ただ、黙って惣左衛門の傍らに立ち続けたのである。
 二日後の朝、鴻池は三度余市町に向かう列車に乗っていた。列車の窓からは各所に咲く薄桃色の桜の木々が見えた。今までこの時期桜を愛でていたが、今年は特別の思いだった。ことの成り行き次第では、再び見ることが出来なかったかもしれないのである。ただただ、美しいと思った。知らず、桜が涙で滲むのをどうする事も出来なかった。
 駅に着くと、羽倉福二郎が迎えに来ていた。二日前の夜、磐乃の遺骨など遺品を持っていくことを禅源寺に伝えていたのである。福二郎が操る荷馬車に乗り、ほとんど口を聞かず古平町に行くまでの道を揺られて行った。
 禅源寺では老婦人と息子の順慶和尚が門の前まで迎えに出てくれていた。本堂で対座すると、鴻池が示した翡翠で出来た深緑のロザリオを見て、老婦人は磐乃様のものに間違いありませんと、さめざめと泣いたのである。鴻池は高田耀蔵の告白により遺骨などを発見した経緯を手短に話すにとどめ、波次郎に関しては行方不明とした。無論、磐乃が鬼女に成り果てたことに関しては、沈黙した。順慶和尚の読経で磐乃の供養を執り行った後、磐乃の遺骨を福右衛門の待つ墓に収めた。その傍らにたまの骨を埋め、土饅頭を作った。多分、磐乃もたまも喜んでいるだろう、と鴻池は考えたが、その為に多くの人が苦しみ亡くなったことを思い浮かべた。複雑な思いを禁じ得ず、ただ、項垂れた。
 また、余市駅までの帰り道を福二郎に馬車で送ってもらった。寡黙な福二郎は何もいわなかった。だが、わざわざホームまで見送ってくれて汽車に乗り込むとき、ありがとうございました、と手を握り深々と頭を下げたのである。その時、鴻池は福二郎にとっても、一つの区切りがついた事を知った。鴻池も無言でただ握り返し、軌条の人になった。


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