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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第71回   71
高田耀蔵は惣左衛門が人殺しを許さず、世間に公表すれば自分の家族が路頭に迷うことを承知で、真実を話したのである。鴻池は惣左衛門がどう出るか、固唾を呑んで見守っていた。しばし、部屋の中は重たい沈黙の時が流れた。
やがて、「よく真実を話してくれました。私が波次郎殺しのことで警察に駆け込むことはありません。大事な息子を二人も失ったことは、返す返す残念でなりませんが、しかしながら、これは直接的にはあなたの責任ではありません。磐乃という稀代ともいえる怨霊のなせることです。また、その磐乃は最後に罪滅ぼしなのでしょうか、娘の久子を健常者にしてくれました。私も将来の娘のことを考える時、夜も眠られぬこともありましたが、それが無くなったのです、このような嬉しいことはありません。従いまして、この話はこれで打ち切りにしましょう、いいですか鴻池君」といって鴻池を見た。 
「ええ、それで結構です」 鴻池は親としての偽りのない心情を吐露し、ひとまわり大きくなった惣左衛門を見たのである。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます」と耀蔵は涙で咽びながら何度も頭を下げた。だが、惣左衛門自身もこれから生涯重たい贖罪を背負って生きていかなければならなかったのである。
屋敷に帰った二人は稲荷の祠の前に立っていた。この中に磐乃の遺骨と、たまの骨が眠っていて、翡翠で作られた深緑のロザリオが有る訳である。
「この中の何処かにあるということか、どう開けるのかな」と惣左衛門が思案気に言ったとき、鴻池は棟梁の、「祠造りでもう一つ何かをしたようなのだが、思い出せない」との言葉を思い出した。「一つ心当たりがありますから」と、鴻池は棟梁の家に向かった。
棟梁の家に着くと、中から夫婦の笑い声が聞こえてきた。鴻池の訪問に夫婦は満面の笑みで迎えてくれた。秀子が悪夢に悩まされることは一切なくなり、乳の出も良くて息子の与一もいっぱい飲んでくれると言った。鴻池が、空山導師が悪霊を追い払ってくれ、すでに羽黒山に帰りました、と言うと、夫婦は、一言お礼を述べたかったと非常に残念がった。
鴻池が本題の用件を切り出すと、棟梁は直ぐ奥から古い図面を持って来た。稲荷の祠に絡繰りの仕掛けを作った時のものだと言った。巻衛門の娘貞子の依頼からで、その後どうしても思い出せなかった、と首をひねった。鴻池は磐乃の霊力がなせる技にあらためて驚いた。だが、今はすべてが呪縛から解き放たれたことを知った。


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