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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第70回   70
「磐乃様は石女ではありません。一度、身ごもっております。病院での診察の後、お住まいの東雲町に帰るため堺町をお通りなさった際、それが或る少年に突き倒され流産したのです。なぜそのことを知っていたかといいますと、負傷された磐乃様が、たまたま近くにあった私どもの会社に助けを求めて、病院にお連れしたからなのです。丁度、波次郎は本州の本店へ長期出張とかで、このことは知りません。磐乃様もご自分の失態とお思いになったのか、私に秘密にしてくれと頼まれました。波次郎に罵られた磐乃様は、どれほど誇りを傷つけられ絶望なされたことか、さぞや御無念であったでありましょう」
惣左衛門は高田耀蔵のその言葉に、磐乃の言った話しが真実である事を知った。さらに、自分の行為が怨霊を生み出してしまった原因でもある事に、激しく打ちのめされた。 
「私はなおもに波次郎に酒を勧め、酔いつぶれた波次郎の首を縄で絞め殺しました。遺体は近くの笹薮の中に穴を掘って埋めました。だが、後悔はしていません」
惣左衛門と鴻池は驚愕の事実にお互いの顔を見合わせたが、二人共聞くべき事は聞かねばならないと、無言で頷きあった。
「それから、十年余りが経ち屋敷は運河建設が完成し技師たちが去ると、新井巻衛門が買い取ったのです。一、二年ほど経った頃でしょうか、磐乃様が夢枕に立つようになり、遺骨と数珠を巻衛門の娘貞子に渡すようにとのことでした。私としては数珠だけは磐乃様の形見として持っていたかったのですが、恐ろしい金縛りに会い、従うしかありません。貞子さんが我が家を訪れ、私が磐乃様とたまの骨箱を何かに隠し、一緒に屋敷に行った時のことです。変わった鳥居と稲荷の祠がありました。貞子さんの命ずるままに骨箱と数珠を祠の中に置きました。後は知りません。それよりも驚いたことがありました。磐乃様が可愛がっていたあの黒猫のたまが居たのです。あれから十五、六年は経っていたはずですが、たまはあの時のままでした。私は恐ろしくなり逃げるように帰りました。それから何事もなく八、九年ほど経ちましたが、不動産経営に齟齬が生じ、さらにそれを補おうと、小豆相場に手をだし、大損を被ってしまったのです。会社の倒産の危機に直面しました。そんな時、巻衛門から稲荷の祠を移築し、そこに接待用の茶室を建てたいとの話がありました。何事もなく時が過ぎ去っていった為、大丈夫と考えたのでしょう。だが、私は焦りました。磐乃様の遺骨のことがばれてしまうからです。そこで阻止しようと千代子奥様が治療なさっている湯治場に出向きました。一、二度お会いしておりましたので、自分も湯治に来たと偶然を装って偽り、東雲町の屋敷の様子を話しました。そこで、ふみえさんやその息子の勇一のこともさりげなく伝えたのです。千代子奥様のただでさえ青白いお顔の血の気が失われ、真っ白くなりました。思惑どおり、千代子奥様は屋敷に乗り込み、稲荷のことはうやむやになりました。千代子奥様がお亡くなりになった、それから間もなくのことです。巻衛門が値段はどうでも良く報酬もはずむから、一刻でも早く屋敷を売却してくれとの依頼があったのです。磐乃様と関わりがあるに違いないと思いましたが、私も切羽詰っていまして、そこで惣左衛門様に売却したという訳です。ただ、惣左衛門様の息子様二人がこのようになるとは夢にも思いませんでした。そして、惣左衛門様の話しから三度目になるたまの出現に、これは磐乃様の仕業に違いないと思いました。自分が犯した罪と相まって、とても恐ろしくなり、気が狂わんばかりになりました、本当にすみませんでした」と言うと、涙を浮かべながら深々と頭を下げた。


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