20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第64回   64
「子供の火遊びである、殺すことはなかろうが」 
「火を付けようとしている二人の興奮した顔を見たとき、惣左衛門の息子が私の大事な子供を殺した敵と知ったからであり、復讐である」と、磐乃の語気を含んだ言葉に惣左衛門は何を言っているのか分からなかったが、息子たちが燐寸で祠を燃やそうとしたということに、強い衝撃を受けていた。息子が私と同じ過ちを仕様とした事に愕然となったのである。頭の中が混乱しかけたが、辛うじて声を出すのを押さえた。
「惣左衛門殿が子供の敵とは、如何なる訳じゃ」
この問答のやり取りの時、久子がむっくりと起き、座り直していた。
「嘗て、私は一度身籠ったことがあります。しかしながら、病院の診察の帰り道に少年に突き飛ばされ、流産してしまったのです。それから、二度と子供が産めない身体になってしまいました。その男の子こそが惣左衛門である。突き飛ばされたとき、一瞬だが目が合った。祠に火を点けようとした時の武彦、龍彦の目は、忘れもしないあの時の惣左衛門と同じ目であり表情じゃ。憎き惣左衛門の息子であることを知ったのじゃ」と、磐乃の怨霊は語気を強め、だんだんしわがれた声になっていった。
「それはいつのことか?」 「明治の稲穂町の大火の年」
惣左衛門はそれを聞いて、心の中で、あっ、と叫んだ。確かに何人かと突き当たったとき、女性もいたかも知れないと、おぼろげながらも思い出したのである。あの時の女性が磐乃だったとは、と頭の中が真っ白になった。己の幼い時の過ちが巡り巡って、我が息子たちを死なせたことになるからである。
「龍彦は如何。また何故、龍彦は弟のことを惣左衛門殿に話さなかったのか」
「龍彦は弟の敵を討とうとして、再度、祈りの場に乱入し狼藉を働こうとした為懲らしめたのじゃ。親に話さなかったのは私が霊力をもって封印させたからじゃ」
「その為、死ぬと知っていても、か」
「全ては龍彦の定め。さらに惣左衛門への復讐であり、私と同じ苦しみを味あわせるためじゃ」と磐乃がいったとき、惣左衛門は我を忘れ、怒りが爆発した。
「ふざけるな!息子たちに罪はない、殺すなら俺を殺せ。単にわんぱく盛りの男の子の悪戯というだけではないか、そのようなことで大事な息子を二人も殺されてたまるか。娘を返せ」というや、つるの忠告も忘れて磐乃に向かって突進した。声を発した惣左衛門は、この時点で空山の法力が消滅した。あわや結界を越えようとしたとき、鴻池が無言で走り寄り後ろから抱き止めた。だが、半身が既に超えようとしていた。それを、磐乃に操られている久子が、惣左衛門の身体を両腕で掴むや、強い力で引きずり込もうとした。その時、惣左衛門は我が娘の狂気の顔を見た。鴻池は磐乃が恐ろしい鬼女に姿を変えたのを見たのである。血に染まった眼光で惣佐衛門を見据え、不気味に歯を剥き出し笑う鬼女に成り果てていた、磐乃の怨霊の本当の姿であった。鴻池は懸命に惣左衛門を引き戻そうとしたが、久子の力は驚くべきものであった。空山とつるも磐乃の霊力を削ぐべく、呪文を声高く唱え続け、更に空山は錫杖(人々を悟りに導く智杖)を幾度も強く振り続けた。だが、こうなっては陀羅尼の呪文も無力である。徐々に惣左衛門の身体が結界の中に引きずり込まれていった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 18671