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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第62回   62
その二人をつるは部屋の片隅に誘うと、「上座側に座ると、磐乃が姿を見せれば、顔を見ることになります。恐ろしければ下座に座ればよろしいでしょう。如何いたしますか?」と二人に訊いた。二人は即座に上座を希望した。惣左衛門は二人の息子を殺した磐乃をこの目で見たいが為、鴻池はここまで深く事件に関わった探偵としての義務のようなものを感じていた為である。つるは頷くと二人を上座の片隅に誘い、文字の意味することを説明し、「この文字により怨霊は二人を見ることはできません。身を守るためのものですから、空山様を信じて、何が起ころうとも決して声をあげてはなりません。声を上げれば、文字の霊力は消え、磐乃に見つけられてしまいます。そうなればどのようなことになるか分かりませんから。また、結界(聖なる領域と俗なる領域を分け、区域を限ること)を超えて中に入らぬように」といった。結界の中とは六芒星の形状内の事である。そこに、たまの姿を借りた磐乃の怨霊と取り憑かれた久子がいる。つるは部屋の電気を消すと、空山と対峙して磐乃の遺品が入った箱を側に置いて下座に座った。既に屋敷内の明かりは全て消してある。六本の蝋燭のゆらゆらと揺れる炎が薄ぼんやりと部屋を照らし、不気味な陰影を作った。
空山とつるは、「ノウボバギャバデイ・タレイロキャ・ハラチビシシュダヤ…」と低く静かに陀羅尼の呪文を唱えだした。空山は唱えながら様々に印を結び、三角形の調伏(相手に対して呪う修法)の為に用いる護摩炉に梵字が書かれてある木片を入れだした。その都度、炎が舞い上がる。つるは最多角念珠(煩悩を断じて仏果生み出す)を時折擦り合せた。そうしているうちに、二人の呪文が交差し、まるで海の潮が満ちてくるように、ひたひたと徐々に部屋の中に満ちてきた。やがて、たまが目を覚まし、途端に空山に向かって唸り声を上げた。すると、久子も起きあがり、空山に対して鋭い目で睨み仁王立ちになった。空山はなおも呪文を唱え続けた。しばらく対峙する状態が続いたが、不意に唸り声が止むと、たまは崩れるように倒れたかと思うと、ふっ、と暗闇に消えてしまったのである。同時に久子も倒れこみ、黒い陰影を作った。見ていた惣左衛門と鴻池は、辛うじて声を出すのを堪えねばならなかった程だ。空山とつるの呪文はなおも続く。すると、六芒星の中が薄らと月明かり程度に明るくなり、そこに何やら薄らと人影の様なものが、ゆらゆらと浮かび上がってきた。それは次第に濃くなっていき、やがてはっきりと女の人影になった。ついに、磐乃の怨霊が姿を現したのだ。その青白い顔は凄惨な凄みさえ見せて、不気味なくらい美しかった。鴻池は以前写真で見た磐乃の神々しささえ感じる美しさを知っていたが、それは陽の美しさといえるものである。この陰といえる青白く怪しげな美しさに声もなく、怨霊であることも忘れて、幻想的な情景に呆然となったと言ってよい。


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