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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第61回   61
「空山導師、これは一体どういうことなのですか?磐乃は私を殺そうとしたのではないのですか」と惣左衛門が訊くと、「いや、わしを殺そうとしたのじゃよ」と答えたのである。
「磐乃の怨霊が空山導師を殺すというのですか?」と鴻池が問うと、「いや、惣左衛門さんを操ってわしを殺そうとしたのじゃ」と空山が答えた。 「えっ、私が空山導師を?」と惣左衛門がおもわず驚きの声を発した。 「うむ、わしの所へ磐乃の霊魂が直に来るのを待っていたのじゃが、来なかった。怨霊とはいえ所詮陰じゃ。今を生きている人間は陽である。幼い子供はともかく、陰が陽を負かすことは出来ぬのだ。ただ、人間は本能的に暗闇を恐れ、怨霊も夜陰に紛れていささか力を得、心に迷いがある人間にとり憑く。後は、人間が勝手に蹴転ぶだけじゃ。つまり、磐乃は陽で陽を殺そうとしたのだ」と、空山の言葉に惣左衛門は、心に迷いがあるとは、妾のるいと伸吉のことを言われたと思い動揺し、恥じて赤面した。その惣左衛門を見て空山は、「人間は迷える生き物である、恥じ入ることはない。かくいうわしも人のことはいえぬ、問題はその後じゃよ」というと、からからと笑った。更に、「今は磐乃に一眠りさせたが、本当の対峙は今夜じゃ、それまで間があるから英気を養いなされ」と言うと、自身もそのまま目を瞑り眠った。空山は若い時から厳しい修行をしてきた為、荒涼とした野山でも何処でも眠ることができる、ソファーは豪華な寝具といえた。
その夜を迎えた。久子の部屋でたまはぐったりとして眠ったままである。支度は全てつるがするという。つるは今朝、正三角形の形状で燭台を設置したが今度は逆の位置で重ね合わせるように設置した。それを見て鴻池は、六芒星のようでもあるが三柱鳥居が反対向きに重ねたような形状であることに気がつき、ユダヤ教に深い関わりがあるのではと考えたの。そのことを惣左衛門に囁くと、「三角形の線を入れてみると、竹編みの籠の編み目を図案化したものの籠目になるね。昔は魔除けに用いられたということだよ、あるいは君の言うとおり、ユダヤ教の影響を受けていたのかもしれないね」との言葉に思わず惣左衛門の顔をまじまじと見ると、さらに、「私自身も三柱鳥居のことなど調べたりしたとき、その過程でいろいろと分かったのだ。佐伯好朗という大学の教授が秦氏とユダヤのことに関して、いろいろ書いているね」と言った。鴻池は惣左衛門の心の何かが変わった事をはっきりと感じた。そして、つるは祈祷の支度を終えると部屋を出ていった。
しばらくして部屋に戻って来たつるが、空山と久子を伴って入って来た姿を見て、惣左衛門と鴻池は目を見張った。修験者の装束を身につけた空山は、それまでの好々爺とした印象は微塵も無かった。白衣に鈴懸を纏い、結袈裟を掛け頭に頭襟を着けた、眼光鋭い厳しい修行者の空山が居たのである。つるは白装束に松葉色の袴を身につけた巫女の装束であった。そして、久子も白無垢の装束を纏っている。つるは久子をたまの横に誘い座らせると、六本の燭台に大きな蝋燭を立て次々に火を灯した。すると、上座に座った空山は惣左衛門と鴻池を手招きし、「オン・キリキリ・ハラハラ・フダラン・バッソワカ・オン・バザラ・トシャカク」と呪文を唱えながら、二人の額に梵字で前の一字を書いた。これは、臨・兵・闘・者・階・陳・列・在・前と言われる九字護身法の一文字であるが、それぞれの文字には神仏の意味がある。前の神格は摩利支天(厄難から身を守る)であり、仏格は文殊菩薩である。


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