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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第59回   59
 十分後、別の部屋に久子を寝かせた惣左衛門たちは、空山が待つ応接間に集まっていた。
空山は様子のあらましを聞くと、「磐乃は我らに対して焦っているようじゃのう」言った。
 「空山導師、久子がいっていたワッショイは祭りの神輿を担ぐ際にいう言葉ですが、何故いったのですか」と、惣左衛門が自分の娘がまた二度目の言葉を発したことより、詰め寄るようにその意味を訊いた。
 「うむ、ワッショイとは、レビ族(祭司の一族。イスラエルの十二支族には数えられない)が聖櫃を担ぐときの掛け声じゃ。古代ユダヤ語(ヘブライ語)で、ヤハウェイが救いに来る、が本来の意味と思われる。ただ、十戒は言葉通り戒めである。つまり、人間の欲望という内なる敵を正せ、に転嫁してお前の敵をやっつけろ、になったのじゃ。磐乃は己に都合よく変えおったの。つまり、敵とはわしじゃよ」と空山は答えて、ゆっくりと笑った。古代ユダヤ語が日本語に定着し、似たような共通語になったものが数多くあるという。たとえば、相撲のハッケ・ヨイやノコッタの意味は、上手く投げろ、征服したということである。惣左衛門と鴻池はそれらの意味の説明に驚いたが、これまでのことから二人とも異議を唱えず、そのまま理解した。また鴻池は、巌乃の家系はレビ族出身ではないだろうかと考えた。他の同族は神道である伊勢神宮の祭司などへと日本に溶け込んでいったが、巌乃一族だけが頑なにユダヤ・キリスト教徒でありつづけたのではないのか。その為、異端の存在であるが故に追われ、北海道にやって来たのではないかのと。
「ただ、関係ないものを巻き込む訳にはいかないから、女中さんたちなど一時、何処かに避難させにゃならんな」と空山は言い、惣左衛門を見た。惣左衛門は直ちに、登美、ふき、弥八たち三人を、二、三日間、慰労の名目で市街地から南西の朝里地区にある宏楽園という温泉宿に向かわせた。何も知らないふきは無邪気に喜んだが、流石に乳母の登美は久子の異変に居合わせていたから渋った。が、惣左衛門にいい含まれ、惣左衛門が手配した会社の従業員が運転する車で三人は屋敷を後にした。
 鴻池は、いよいよ磐乃との最終決戦の時が来た、と思ったが、この身がどうなるか分からぬ不安から、しばらく武者震いが続いたのであった。
 空山は、まだ旅の疲れもあるから今宵は英気を養い明日の夜、磐乃の怨霊と対峙すると言った。ただ、磐乃の怨霊は今日の夜半から色々と仕掛けてくるだろうから、それぞれの部屋の外と中に空山自から認めた魔除けの霊符を貼り、更に十二時以降は明け方まで、決して部屋から出てはならぬと指示をした。
惣左衛門がこの機会に、一度も屋敷に入ったことのない妾のるいに食事の支度をさせることを考え、知り合いに賄いをさせると提案すると、空山は、「なりませぬ、すでにこの屋敷は磐乃の霊気で覆われておる、我等のみにて」と穏やかな物言いではあるが即座に拒否した。惣左衛門は腹の中を見透かされたようで、冷や汗を掻き、空山に対して本当の意味で畏怖を覚えた。食事の支度はつるがしたが、鴻池も何かせずにはいられない気持ちになり手伝った。酒も飲むことなく質素な夕食を終えると、危険を最小限に抑えるため、惣左衛門と鴻池は同じ部屋で眠ることになった。野上つると久子とが同室であり、空山は一人、何故か霊符を貼らず離れの部屋で眠るという。


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