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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第49回   49
 「飯岡さん、それだけの優れた民族であるならば、もっと歴史上の人物がたくさん登場してもよさそうなものですが?」
「うん、そこなのだよ、鴻池君。ヘブライ族で建国された古代ユダヤ国は紀元前十世紀から六世紀にかけて国が滅び、民族が世界各地に散ってしまった。中国でも国を興したが、それも滅びこの日本にたどり着いたという訳だ。つまり大将になれば首が飛ぶということだ。戦国時代には有力大名になったような一部例外はあるが、長い繁栄を続けることは難しい。そこで生きる知恵として、大多数の者は名より身を取る裏方に徹した生き方を選んだのではないだろうか」  「……」
「それにマナセ族だけではなく、他の部族も日本に来ていたと考えられる。有名な出雲の国譲りというのがあるだろう。あれは同じ失われた十氏族のうちの一つが計った事ではないのか」 「ほう、その根拠は?」
「うん、元々北方民族が樺太、蝦夷、東北と南下して南限が出雲地方だろう」
「それはどうしてですか?」
「あそこにはシジミ貝で有名な宍道湖があり魚も捕れる。天然の貯蔵庫で大勢の人々が食っていける。そこへ鉄鉱石の採掘に長けた種族が加わったという訳だ」
「その根拠は?」 「神話に八岐大蛇というのがあるだろう。あれは鉄を採掘すると、川が赤茶けて汚れるから、海側の住人と諍いが生まれたという訳だ。後に和解して、国造りに大いに協力したのだろう。出雲地域から上はどれも酋長程度が支配しているだけだ。国造りができるのは彼らをおいて他にない。後に大和が勢力を拡大して軋轢を生みだすと、水面下で秦氏と話し合い政争を回避する道を選んだのであろう、と言うのが俺の説だ」

「そうかもしれないな、それが賢明な道だろう。だが飯岡、話を戻すと霊魂がお祈りをするか?」と高瀬が異議を唱えると、「ユダヤ教の死生観は他の宗教と違い、死後の世界は存在しないのだ。無論、霊魂が祈るなどは常識的には有り得ないことではあるが、霊魂となってこの世を漂っていることだけでも、もはや異常なことだ。俺にも分からん」と飯岡は高瀬の疑問を煙に巻くような話で説いて聞かせた。高瀬はその言葉に、ううむ、と唸るや腕組みをして考え込んでしまった。 
「鴻池君、或る女性が幻想的とも言える夢の中で、異国人や三本柱の鳥居みたいなものが出てきたといっていたようだが、それこそユダヤ教の三位一体の証なのだよ。三位一体とは簡単に言えば、父と子と聖霊のことであり、そこでお祈りをするのだ。京都の太秦に秦氏が建立した木嶋神社(別名蚕の社)の正三角形の鳥居は三柱鳥居と呼ばれるが、それが三位一体なのだ。元々ユダヤ教で造られた、お祈りの為のものなのだよ。その真ん中は神座であるが、三柱鳥居は上から見ても三角形になっている。そこは神が降臨するところであって宇宙の中心を表している。古代日本には各地にあったようだが、今は幾つか残っているだけだ。ただ、神道に絶大なる影響を与え、全国に広まった鳥居はその名残といえるものだよ」と飯岡は目を見開きながら、茶碗酒をぐいっと呑んだ。鴻池は飯岡の話から、磐乃の霊魂が祠の中で何のためかは分からぬが、お祈りをしていたと確信した。惣左衛門の屋敷には三柱鳥居の中に祠があるが、その中の空間が丁度中心になると気がついたからである。しかし、何の為の祈りなのであろうか、という疑問は磐乃の霊魂に直接聞いてみなければ分からないだろうと思っていたら、考え込んでいた高瀬が意外なことを口にした。
「その霊魂はもういい加減往生したいのではないだろうか」
その言葉に、鴻池と飯岡は弾かれたように顔を上げ、お互いの顔を見合った。その二人を見て高瀬は、「この世は無常である、霊魂といえども同じことだ。ましてやこの世を彷徨い続けていることに、神に救いを求めても不思議はなかろう」といい、どうだといわんばかりに茶碗酒を、ぐいっ、と呷った。今度は飯岡が腕を組み考え込んでしまった。
鴻池は高瀬の言葉に、もしそうであるならば、磐乃の霊魂と正面から対峙できそうな気がした。生霊であろうと死霊であろうと、所詮は陰であり影である。この世に今を生きている人間は陽であり光である。霊魂なんかに負けるわけにはいかないと思った。


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