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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第47回   47
「はい、苗字は羽の倉と書いて羽倉です。和歌山県の糸我稲荷神社という所から勧進したということです。また、関わった或る女の人の夢か幻想のようなものに、異国人や三本造りの鳥居らしきものが見えたということも、何のことか分からず不思議なのです」 高瀬はそれを聞くと、飯岡に電話連絡をするからと言って、電話のある近所の酒屋に出かけて行った。少し経って一升瓶を抱えて帰ってくると、「苗字と神社の名前を伝えたら、奴さん余程驚いたようで、すぐこちらに来るといって、慌てて電話を切ったよ」と言い、高瀬自身意外な展開に首を傾げたほどだ。鴻池も高瀬が飯岡と呑むために、自から酒を買い求めてきたことにいささか驚いていた。そわそわと肴は奥さんに命じて何かを作らせている。飯岡とは余程懇意にしているようだが、男でも女でも、人の心のうちは余人には分からぬものである。これが人の世というものなのだろう、と今回の事件に鑑みあらためて感じた。
高瀬と飯岡は中学時代の同級生で、それ以来の付き合いになり半世紀を超えた、と言った。日本古代史の在野の研究者とのことだ。その飯岡は小一時間ほどたって、小柄な身体に重たそうな風呂敷を抱えながらやって来た。気難しい面構えの高瀬とは対照的で、童顔の顔をにこにこと今にも落語の一つでも語りそうな雰囲気を漂わせていた。
「いやーあ、鴻池君といったね。君の話はじつに興味深くて面白い。私が今日まで研究してきた甲斐があったというものだ」と、開口一番、今にも握手でも求めてきそうな様子で言ったのである。半ばあっけにとられている鴻池に向かって更に、「君は元々稲荷神社というものが、何を祭っていたか知っているかね」と畳み掛けてくるので、「おいおい、そんなに急き込むなよ。鴻池君にも俺にも分かるようにお前がちゃんと説明しろよ」と高瀬が見兼ねて助け舟を出したが、飯岡は余程興奮しているようだ。そんな飯岡に高瀬は茶碗に酒をなみなみと注ぐと、「「ほら、これで落ち着け」と言いながら渡した。それを飯岡は喉を鳴らして一気に飲み干すと、ようやく人心地がついたのか、ふうっ、と息を吐き、右手で顔をつるりと撫ぜると、憑き物が落ちたように冷静になった。
「いや、失敬、失敬。あまりにも驚いたものだから、つい、気が急いてしまった。順を追って説明するよ」と飯岡は言い、高瀬に茶碗を差し出しまた酒を注がせると、今度はちびりちびりと舐めながら、風呂敷から数冊の本やノートを取り出し、その都度、頁をめくり、めくりして鴻池にとって驚くべきことを語りだしたのである。


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