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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第45回   45
鴻池はふみえの言う、あの女が、とは千代子であることはすぐ理解できたが、同時に誰でもが生霊や死霊に成りうるのかという疑問を抱いた。つまり、この世の中は恨み辛みで満ち溢れているといってよい。そうであるならば、生霊、死霊が乱れた麻のように複雑に絡み合っていることになる。そのような事は有り得ない、と鴻池は考える。その時、恩師である高瀬の言った、六条御息所の死霊が光源氏と関わりのある女に取り憑いて、過ちを犯させたという言葉を思い出した。千代子が娘の貞子の部屋に入った時には、たまが居たと秀子が言っていた。たまが千代子に力を与えたのではないだろうか、と考えられなくもない。いや、磐乃の怨霊が同じ境遇の無念やるかたない思いに落ち込んでいた、であろう千代子に力を貸したのだ、と考える方が話の筋として通りが良いと思った。そうなると、磐乃は自分と直接関わりのない人間を殺したことになる。そして、惣左衛門の二人の息子も何らかの理由で取り殺したのだろう。その妄執ともいえる恐ろしい怨霊に愕然となってしまった。その怨霊に自分はつるさんと一緒に対決しようとしているのである。心の底から恐ろしさがこみ上げてきた。また逃げ出したいと思ったが、それはもはや許されないところまで関わってしまったことに声も無かった。辛うじて、自分は事件を依頼された探偵であるという自負だけで持ち堪えたといってよい。
秀子は巻衛門の本妻である千代子の盛大な葬儀の後、屋敷を逃げるようにして棟梁の所へ押し掛けて行き、そのまま女房となった。屋敷でのその後は、仲の良かった絹からの又聞きである。それによると、実の母親が悲惨な最期を遂げたためかは分からぬが、貞子が狐憑きにでもなったような状態に陥った。意味不明なことを口走るようになり、突飛な行動を取るようになったのである。ふみえの葬儀は千代子と日をずらして、近親者のみでささやかに執り行われた。勇一はその格差に反感を覚えたのであろう、母親の変死から度々外泊するようになり、ついには屋敷に寄り付かなくなった。巻衛門はというと、女無しではいられぬ為直ぐ若い絹に手を出し、別の家を与えて囲い者にした。家族が完全にばらばらになったのである。その頃から、巻衛門の枕元に以前夢に出てきた女がまた立つようになり、金縛りになる様な酷い悪夢に悩まされるようになった。更には、夜な夜な死んだ千代子が座敷で寂しそうに座っている姿が現れるようになった。千代子の亡霊を見たのは巻衛門だけではなく、それと遭遇した他の女中も恐れて次々に辞めていった。ここに至って、ついに業腹な巻衛門も恐怖だけでなく身の危険をも感じ、一刻も早く屋敷との関わりを絶つため格安で売却依頼を高田不動産に頼み込み、屋敷を逃げるようにして出て行ったのである。その時には、たまはいつの間にか居なくなっていた。鴻池は念のため、巻衛門が住む以前に屋敷に関して変な噂話は聞いたことがあるかと尋ねると、自分が居た時も出た後も無いと言った。以上が、秀子が話した怪奇な出来事のあらましである。
話を聞き終えた鴻池は、深い溜息をつかざるを得なかった。磐乃の怨霊が巻衛門にも非があるとはいえ、元々関わりのない家庭を崩壊させたのである。更には、惣左衛門の家庭をも崩壊させようとしている。再び心底、恐ろしい怨霊だと思った。そう思ったとき、何故いつまでもこの屋敷に住む人々に取り憑き、そこまでやるのか、と疑問が起きた。また、磐乃の怨霊が千代子の霊魂をも操ることができるのだろうか、という疑問も起きた。更に何故、巻衛門一家が住みだしてからなのだろうか、ということも不可解である。謎だらけで理由が分からぬまま、宮下夫婦には直ぐに野上つるに連絡を取ると約束をして、重たい気持ちで家を辞した。ただ、借家に帰る前に棟梁の言ったことが気になり、念のため惣左衛門の屋敷に寄り稲荷の祠を調べたのであるが、分かる訳もなく虚しく帰路についた。


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