「そうこうしているうちに、何やら貞子様のご様子が変わってきたのです」 「と、いいますと、巻衛門さんのように何か恐ろしい夢でも見るようになったのですか?」 「いえ、部屋からすぐ近くの庭にお稲荷さんの祠を造ってくれといいだしたのです」 「ほう、それはまた。貞子さんはまだ歳若いのに、信心深いお方なのですね」 「いえ、全然でございますよ。旦那様も無信心のお人でございましたから、初めは子供のいうことと、取り合ってはおりませんでした。けれども、また夢にあの怖い女が出てきて、娘のいうとおりにしなさいと、いったのです。それで慌てて造ることになったのです。そのおかげで、うちの人とめぐり逢うことができまして」と、秀子は棟梁を横目で見て、頬を染めた。 「馬鹿野郎、余計なことはいうな」と棟梁はバツが悪そうに頭を掻いた。 「お稲荷さんというと、伏見稲荷大社からの勧進ですね」 「いえ、それがなんでも和歌山県の有田市にある、糸我稲荷神社だそうです」 「糸我稲荷神社とは聞いたことがありませんね」 鴻池が以前調べたときには伏見稲荷大社からの勧進だったのである。 「はい、最初は旦那様が手続きをなされて、伏見稲荷だったのですけれど、貞子様が糸我稲荷に代えさせたのです。また、三本柱の鳥居も貞子様のいいつけです」 「?……」 鴻池には代えた理由が分からず年若い娘が三本柱の鳥居を知っていることも不思議であり謎が残った。 棟梁は、三本柱の鳥居の意味が分からず気にはなったが、お稲荷さんの祠は個人の勧請としては大きな造りだということぐらいで、格別不思議なことはなかったと言った。 「ただ、祠造りでもう一つ何かをしたような気がしているのですが、どうしても思い出せないのです」 「ほう、それはまた?」 「相済みません、昨夜から考えていたのですが、からっきし駄目です」 「……」 完成後は時折、貞子が黒猫のたまを抱きかかえ中に入っていったが、中で何をしているのかは誰も知らない。その後は何事もなく時が過ぎていった。 貞子も二十歳の娘になり、勇一も十八歳の若者になった。この頃になると、巻衛門とふみえの仲も公然の秘密になり、千代子の長期療養が続いて小樽に帰郷することもなかった為、夫婦のごとく振る舞っていた。ただ、変わらないものがあった。黒猫のたまが全然年を取らないがごとく、毛並みも艶々と若々しいままなのである。 「私もそれが不思議で、ある日、貞子様が屋敷に居られないとき、たまをじっと見て観察したことがありました」 鴻池は絹から聞いていた、こてん、とひっくり返るやつだなと思ったが、話の内容はより深いものであった。
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