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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第41回   41
「これまでも、時折同じようなひどい金縛りになる怖い夢を見ることがあったのですけれど、うちの人の今度の仕事が、前に奉公に出ていたお屋敷の今の持ち主だと聞いてから、また、毎晩のように見るようになったのです」 鴻池の予想が的中した。 
「どのような夢なのですか?」
「はい、黒猫が出てくる夢です」 「黒猫といいますと?」
「はい、お屋敷で飼っていた、たまという名の黒猫です」と秀子が恐ろしげに言ったとき、鴻池は思わず、待っていたものが現れたと思った。
「どうかお願いです、その霊媒師に悪夢を追い払って欲しいのです。でないと、そのせいでお乳が出なくなってしまって」と秀子は豊かな胸のあたりを押さえながら、傍らで寝ている赤子を見た。生まれて三ヶ月の与一という名の男の子だという。
「私にとっても、この歳で出来た坊主です。前から黒猫の話は聞いてはいましたが、坊主に何かあったら大変だ、私からもお願いします」と棟梁が頭を下げた。
「分かりました。ただ、野上つるさんは今、地方に行って留守にしています。帰郷は春頃ということですので、私の方からその旨の手紙を出しておきましょう。おかみさん、その悪夢の内容、いえ、見ることになったと思われる原因があれば、できるだけ詳しく教えてください。そのことを手紙に認めておきます。つるさんは、いつも内容を吟味した上で祈祷をおこないますから」と、鴻池は真剣な表情で言った。宮下夫婦は可愛い一粒種の息子のため、嘗ての奉公先だとか得意先であるという遠慮は捨て、鴻池の親身そうな態度や巧みな話術もあり知りうることを全て話しだした。
それによると秀子は、新井巻衛門が東雲町の屋敷に住み始めたとき、他の二人と共に女中として雇われた。女中は以前巻衛門の家で働いていたという、ふみえという女中頭を含めて四人である。使用人は他に常男という通いの作男がいた。巻衛門の家族構成は、妻の千代子が病気療養中ということで初めから居なくて、十歳の娘の貞子だけである。ただ、八歳になる息子の勇一と共に来た女中頭のふみえが特別な存在だということはすぐに気がついた。後で知ったことであるが、勇一は巻衛門の実の子供であり、ふみえに手を付け産ませたのだ。部屋も女中部屋ではなく離れの間を与えられていた。新居に入る際、巻衛門が別の家に囲っていた、ふみえ親子を移させたのだ。表向きは遠い親戚ということになっていた。従って、事情を知っている前の家からの元々の女中などはすべて暇を出していた。
千代子は元々病弱な体質だったようで、貞子を生んだ一年後肺炎などで体調を崩し、地方の湯治温泉宿に長年逗留していて、小樽に帰ってくることはほとんどなかった。だが、業腹な巻衛門といえども、妻を離縁することはできなかった。何故ならば千代子は呉服問屋の一人娘であった。丁稚だった巻衛門は、亡くなった先代に商才を認められ、入り婿になった。千代子は主人筋にあたり、巻衛門の才覚で事業を拡大発展させたとはいえ、頭が上がらぬのである。巻衛門の方が時折、ご機嫌伺いの為その湯治温泉地に出向いていた。


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