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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第4回   4
高田はぎくりとしたのか慌てたように、「ほ、本当に社長さんは、あの時は運がよろしかったです」と言いながら、また、汗が浮かんでいるわけでもないのにハンカチで額を拭った。明らかに狼狽えていた。惣左衛門は詰問口調にならぬよう気をつけながら、「私は信心深いほうではなかったが、庭にあるお稲荷さんには、あれ以来よく手を合わせていますよ、あれは前々からあったのですか?」と、息子たちの死を直接言葉にすることなく努めて明るく言った。庭の片隅に稲荷を祀った祠があったのである。
「いえ、何、前に住んでおられた方が、建てられたということです」
「信心深いお方のようですな。私もこれからは、見習わなくてはなりませんなあ」
高田はその言葉に対してぎこちなく頷いただけで、「お嬢様はお変わりなく?」と、死んだ人間より、生きている人間のことに話題を転じようとした。娘の様子のことを知っている者は、娘のことを口にすることはない。禁句であるはずなのに、内心慌てている証拠であった。直ぐに高田は、しまった、という表情になった。惣左衛門は、「ええ、相変わらずです」と、淡々という調子を繕っていい、「いつも、たま、という牝の黒猫と一緒でね」と続けて言った。
「たま、という牝の黒猫?」 高田は思わずというように顔を上げ、惣左衛門を見て訊いた。
「ええ、いつの間にか屋敷に入り込んでいましてね。娘が大層お気に入りで、家の者が追い払おうとすると、初めて、たま、と言いながら声を上げて黒猫を抱きかかえ、身を挺して庇うものですから、そのまま飼うことにしたのです。親としても初めて言葉を発しての娘の意思表示ですから、嬉しくもありましてね、色艶の良い毛並みで、目が海のような美しい深緑の黒猫ですよ」と惣左衛門が言うと、「目が深緑!」と高田は驚愕したように言い、見る見るうちに蒼ざめた顔になった。
「どうしました高田さん、顔色がひどく悪いですよ」 
高田は惣左衛門の言葉も耳に入らないようで、「たま…、目が海のような深緑の美しい黒猫…」と、呻くように言うばかりであった。
惣左衛門は、やはり屋敷には秘密が隠されており、それもあの黒猫が重要な鍵であることを確信した。
「教えてください高田さん。あの屋敷にはいったい何があるというのですか、あの黒猫のことを何か知っているのですか」と惣左衛門も、つい、詰問口調になった。
「えっ、いえ、何もありません。黒猫のことも知りません、何もある訳がないですよ」と、高田は震えた声ながらも我に返ったように言った。その様子から、惣左衛門は高田が明らかに何かを知っていて隠していると確信した。そのために息子を失ったかもしれないという怒りがこみ上げてきた。


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