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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第39回   39
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正月が明け、また世の中が動き出した。鴻池は今回調べたことの報告の為、惣左衛門の事務所に出向いた。磐乃に関わる件において屋敷内でのやり取りは危険であり、できるだけ避けようと考えたからである。磐乃の怨霊は約三十年に渡って、人々にとり憑いている。あの屋敷に関しては、新井巻衛門が住み着いてから十四、五年程だ。その前の小樽運河建設の技師たちの宿舎用に借り上げられた時には、以前その近所で聞き込みをして回ったが、そのような怪奇的な噂話は出てこなかった。その理由は分からぬが、屋敷に取り憑き始めた原因を解明し、取り除かなければ人々に取り憑き続けるだろうというのが鴻池の出した結論だった。
鴻池の報告を聴き終えた惣左衛門は、「その宮下工務店には、内装などの何らかの仕事を依頼しよう。その時は君も立ち会ってくれ」と言い、鴻池の意図を察して素早く対応した。北国の大工は雪と寒さに阻まれ冬期間は仕事がなく、せいぜい屋根の雪下ろしぐらいである。稼ごうと思ったら本州に出稼ぎに行くことになる。
「犬は人につき、猫は家につくと言われている。もっとも、我が家の猫は両方だがね」 
惣左衛門は屋敷で起こっている悲劇を自嘲気味に言った。
数日後、惣左衛門は宮下工務店に連絡を取り、棟梁を事務所に呼んだ。棟梁は宮下哲次といい、四十歳前後の筋肉質の男だった。身分を偽り、臨時の進捗係りということでその場に立ち会った鴻池は、なるほど絹のいったとおり、苦みばしった男前で女が惚れそうだと思った。惣左衛門は宮下にあちこちにある会社の建物の簡単な補修工事の仕事を一括依頼し、更に春になったら屋敷内に離れの部屋造りの仕事を用意していた。宮下は以前出入りしていた屋敷の現在の持ち主と分かると、おやっ、という顔になった。かみさんの秀子から何らかの怖い体験を聞いているのかもしれないと、鴻池は思ったが知らぬ顔をしていた。宮下は典型的な職人気質の持ち主であろうと見切ったから、焦って事を急ぐと、新井巻衛門に義理立てして臍を曲げられる恐れがあった。親しくなるまで、聞き出すのは持久戦になるだろうと考えた。
次の日から見積もり積算の為、鴻池と宮下は一緒に倉庫群のある色内町など各現場を廻った。鴻池は惣左衛門とあらかじめ打ち合わせをして場所は聞いており、前の日に予定現場は廻り済だった。宮下夫妻は真相の重要な鍵を握っていると感が働いていたので気を損なわないように細心の注意を払い、なんとしても聞き出そうと思っていた。
三日後、惣左衛門は宮下の見積もり通りの値段で仕事を依頼した。その時、宮下の居る前で、「いろいろと便宜を図るように、棟梁も遠慮なく彼に相談して」と鴻池に指示をして、聞き出しやすい環境づくりに一役買った。惣左衛門にも調査が大詰めに近づいてきているという思いがあったのである。


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