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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第36回   36
「というのは梅奴さんもその相手の方も行方知れず、なのです。もし同じ屋敷ならば、出入りの魚屋や八百屋などから、その男の噂など聞いていないかと藁をも掴む気持ちで、お手上げ状態といったところでして」と、鴻池は小さな嘘を交えて探りを入れた。
「ふうん、そうなの。確かにそのお屋敷で働いたことはあるけれど、聞いたことはないわよ。だって、私が生まれる前の話でしょう、無理よ」
「はあ、そうですか。まあ、そうかもしれませんね。お姉さんは二十歳そこそこのようですからね。残念だなあ」
「まあ、お上手ね、そんなに若くはないわよ」と言いながら、絹は鴻池のお世辞と分かりつつも、満更でもなさそうに、にっ、と笑った。鴻池にとって、これからが本題である。
「そうそう、誰から聞いたか忘れましたが、屋敷では目が深緑のとても綺麗な黒猫を飼っていたそうですね」と何気なさを装ってかまをかけて訊いてみた。
「ああ、たまという黒猫ね、飼っていたわよ」 
「ほう、たまという名前ですか」と鴻池はいながら、やはり同じ名前で巻衛門の家に入り込んでいたのかと思った。だが、絹に特に怖がっている様子は見られない。
「皆さんに可愛がられていたのだろうな、今度、私も猫を飼おうかな」
「可愛がっていたのは、貞子お嬢様だったわね。旦那、いえ旦那様はむしろ近づかないようにしていたわよ、嫌いみたい」
「絹さんは、猫は好きですか」
「ええ、好きだ。おらの家では猫も犬も飼っていたし、でもたまは清ましていて、好きでねえ」 絹は思わず、訛り言葉をだした。鴻池は言葉遣いから山育ちだろうと思ったが、たまに対する語彙に敵意が感じられたので、自身も何か体験したのだろう。あるいは巻衛門から寝物語などでたまに関する恐怖体験を聞かされているかもしれないと考えた。
「それに、おら、いえ、私が奉公にあがった時、たまは既にいたけれど、何年たっても全然変わらないの。まるで歳をとらないみたいに色艶がいいのよ」
「へえ、そいつはおかしい話だ」
「でしょう。私だけではなく同じ女中の秀子さんもそう思っていて、或る日、たまのすぐ側で、じいーっと見て観察したことがあるのよ」 「ほう、それでどうなりました」
「そうしたら、こてん、とひっくり返って、気を失ってしまったの」
鴻池は以前、たまと庭と家から見つめ合い、吸い込まれそうな感覚になったことを思い出した。やはりたまは絹の知っている同じ黒猫だったのだ。
「それから秀子さんは気味悪がって、たまには近寄らなくなったけれど。でも、何度か怖いことがあったらしく、とうとう半年もしないうちに、辞めてしまったわ」
「どのような?」 「いや、私にはとうとう教えてくれなかったわ」
「で、秀子さんは実家に帰ったという訳ですか」と鴻池はいいながら、秀子に会い、その怖い体験を聞き出したいと思い願った。


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