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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第35回   35
二日後、鴻池はまた新年の挨拶と称して和菓子持参でお民婆さんの家に向かった。絹から屋敷にいたときのことを聞き出す、取っ掛かりを得たいがためである。だが、生憎お民婆さんは留守だった。どうしようかと家の前で思案していたとき、幸運が訪れた。背後で戸が開く音が聞こえたと同時に、鴻池さん、と呼ぶ声が聞こえたのである。振り向くと、手招きしている絹だった。近寄っていくと、「お民婆さんは暮れから息子さんの所に行って留守ですよ。それより、いつも私にまで気を使ってくれてすみませんねえ。ここでは何だから、家にお入りよ」と、あっさりと絹の家に入り込むことができたのである。家の中は存外広く裏手の小さな庭が見える居間に通された。今日の絹のいでたちは、白いブラウスに黄色いカーデガンを羽織り、灰色のスカート姿でおろした髪が顔をわずかに隠しているという、モダンな装いであった。昨年の師走に会った時の地味な和服姿と違い、随分若々しい。あるいは、このような生活に憧れ、田舎から都会に出てきたというところだろうと想像できた。鴻池はお茶を出してくれた絹に持参の和菓子を差し出しながら、この間と違い別人かと思いました、お似合いですね、とお世辞を言ってやると、絹はにっと笑い、ありがとう、と言いながら満更でもなさそうに髪に手を当てた。本人も気に入っているようである。鴻池はその時、仕草にわずかなぎこちなさや照れが見えたので、田舎によくある泥臭い名前ではないが、やはり絹は田舎の出身だな、と感が働いた。あるいは田舎を嫌い、勝手に改名したとも考えられる。素振りからその本性が窺えられるのだ。
「ところで探偵さん、私に何か御用?」と絹はいきなり切り出した。
「分かりましたか」 鴻池はあっさりと認めた。このような場合、変な隠しだては禁物で、むしろ相手の懐に飛び込むことの方が良いことを、長い経験から知っていた。
「そりゃ分かるわよ、幾度も私にまでお土産を持ってきてくれれば。お民婆さんにはもう用はないはずだし」と、絹は自信たっぷりに言った。鴻池は内心、しめた、と思った。この手の女は、旦那が来ないと時以外は暇を持て余していて退屈なのである。たとえ他に趣味があっても何らかの刺激が欲しい。自分も関わりのある世間話は格好な話題なのだ。後は相手の自尊心をくすぐりながら、焦らずゆっくりと聞き出していけば良い。
「じつは梅奴さんのことを調べていくうちに、その相手が分かったのですが、えらい美男子だったそうで…」と、鴻池は女が興味を引きそうな話から入っていった。案の定、相手の男の容姿が古平に行ったとき年増の仲居が言っていた、今騒がれている某若手人気俳優よりも良いらしいと言うと興味津々という目付きに変わっていった。
「昔、その男が住んでいたのは東雲町にある港が見渡せる大きなお屋敷だったということですが…」と鴻池がそうい言うと、絹は、ははん、という顔になり、うっすらと笑いながら、「お民婆さんに、以前私がそこで女中をしていたのを聞いたのね」といった。
「同じ所かどうかまでは聞いていません。まずそのことを確かめたいのです」
「確かめてどうするの?」 絹は鴻池の術中に嵌りつつあった。


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