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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第31回   31
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 師走に入って、雪は本格的に降り出し根雪になった。この根雪が溶ける春まで、北国の人々は長い冬の季節を耐えねばならない。だが、鴻池にとっては惣左衛門の仕事の他に、幾つかの縁談の身辺調査や浮気の調査もあり、忙しい日々が続いた。その合間にも何かと理由をつけてはお民婆さんの所へ菓子折りを持参して通った。小樽は北海道においては活気ある古い商都であり、和菓子屋が多い。これは繁栄している小樽港にその材料がすべて集まり、力仕事の漁師や港湾荷役者などは糖分を必要とする為、その需要が多いのである。女性は甘いものに目がない。お民婆さんは、その都度にこにこ顔である。鴻池はその時、必ず絹にもと、お民婆さんの分より小さい菓子折りを持っていき、お民婆さんに託した。海千山千のお民婆さんは鴻池の意図に気がついているだろうが、あいよ、と受け取るだけだ。無論、狙いは絹である。東雲町の屋敷で絹個人が何か体験したことがあればよし、なければ他の奉公人からの話、あるいは巻衛門自身が身の危険を感じるほどの恐ろしい体験を絹に寝物語などで語っていれば、それを聞き出したいと考えていた。更に、鴻池は手ぶらで帰っているわけではなかった。少しずつお民婆さんから、梅奴以後から絹までの家のことも聞いていた。その間二十数年ほどである。それまで、四、五家族が住んだが、どういう訳か数年で引っ越して行くといった。皆一様に、家で何か変なことが起きるというのだ。例えば、夜、なんとなく女の影のような気配を感じることがあり、神棚が壊れたり仏壇の位牌が突然倒れたりすることがしばしばあると言い、気味悪がって出て行ったということである。そのことを伝え聞いた大家が気に病み、とうとう高田不動産に売却したということだ。高田不動産が神主にお祓いをしてもらった矢先に、ボヤ騒ぎになってしまった。全く火の気がなかったので、放火か、あるいはその家で起こったという、一連の気味の悪いことの一つなのか、一時路地に住む住人の間で話題になったということだ。住人の間では、絹が気味悪がるといけないからそのことは禁句で、口を閉ざしているという。今のところ、絹が住みだして何事もなく二年になるから、もう大丈夫のようだとお民婆さんは笑って言った。
 鴻池はそのことから、高田不動産は新井巻衛門にその気味の悪い出来事を隠して貸しているのか、あるいは、直ぐに売りつけてしまったのかもしれない、と考えた。お民婆さんは絹を思いやって口を閉ざしていると言ったが、高田不動産から口止めの為、何らかの名目で路地の住人に金が渡っているのではないかと疑っていた。そうなると高田耀蔵は相当したたかな人物ということになる。聞き及んでいた実直そうな仮面の裏側に何を隠し持っているのだろうかと、人間の闇を見る思いだった。


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