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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第28回   28
―もしかしたら、高田不動産が所有していた建物というのは、磐乃が失踪した当時梅奴が住んでいたのではないだろうか。羽倉波次郎が愛人を囲うために、取引があった高田不動産に人目につかぬような家を仲介させるのは、有りうることである。仲介をしたのは年代的に二代目の耀蔵だろう。それを磐乃が嗅ぎつけ乗り込んでいって、発狂するような何らかの酷いことがあり、家を飛び出して行った。 そこまで考えて、鴻池は首を振った。磐乃は賢く聡明な女性だったというから、そのような事をするか、という疑問である。自分の考えが揺れて定まらぬまま、とにかく目指す家を確認しようと歩き出した。
板橋から住所を聞いてはいたのだが、言っていたとおり分かりづらく探し当てるのに、やや時間が係った。ようやくひっそりとした路地裏に建っている目指す家の前に立つことができた。ボヤ騒ぎの後改装したのであろう、家自体はまだ新しい。ここならば女を囲うにはうってつけだと、鴻池は思った。磐乃と梅奴、嘗てこの家で対峙したのであろうかと考えたとき、その玄関の戸がいきなり開き、「あのう何か家に御用でしょうか」と、二十歳代半ばの肉感的な女が咎め口調で言ってきたのである。ボヤ騒ぎの騒動も有り、鴻池を不審者と疑ったのかもしれない。そこは百戦錬磨の鴻池である。
「あ、これは失礼しました。じつは昔、芸者をしていた梅奴さんのお住まいを探しているのです。確かこの辺のはずなのですが」と淀みがない。
「梅奴?そのような人は知りません」と女はまだ疑い深そうに言った。そのやり取りを聞いていたのか、向かいの家から白い割烹着姿の中年女が、「どうしたの、絹ちゃん?」と言いながら路地に出てきた。 「あ、おばさん。元芸者の梅奴っていう人を知っています?」
「梅奴?知らないわねえ」と言う中年女の言葉に、絹と呼ばれた女はますます疑い深そうに鴻池を見た。すると今度はその隣に住む婆さんが出てきて、「騒がしいがどうしたね」と言いながら出てきたのには鴻池も閉口しかけたが、「お民さんならこの路地の生き字引だから、知っているかもしれないね。この男の人、梅奴という元芸者の家を探しているって言うのだけれど」との中年女の言葉に、その婆さんはあっさりと、「その人なら、昔あんたの家に住んでいたがね」と言いながら、絹と呼ばれた女の家を指差した。
「えっ、そうなの、お民お婆さん」 「そうだよ、あんたがこの路地に住むずうっと前のことだがね。留さんは梅奴さんが居なくなったすぐ後にここに来たから、分からないのも無理ないがね」と、お民婆さんは路地裏の博学ぶりを披露した。
鴻池は女たちのやり取りを脇で聞きながら、嘗てこの家に梅奴が住んでいたならば、あの鬼女は磐乃ではなかろうか、と考えれば全ての辻褄が合うと思った。だが、妙見川見番の女将のえらい剣幕を見ているから、他の恋敵が乗り込んでいった可能性も否定できない。やはり、磐乃は賢く聡明な女性だった、ということが引っかかっていた。
「お民さんとおっしゃいますか、できれば梅奴さんについてお話しを伺えないでしょうか。是非お力添えをいただきたい」と言いながら鴻池は名刺をお民婆さんに渡した。すると、お民婆さんは名刺に書かれている興信所という文字に目を留めると、何かを察知したようで、「いいよ、私の家にお入りな」とあっさりと承諾した。拍子抜けしたような顔の絹と留の二人の女を置いて、鴻池はお民婆さんの家に入れさせてもらった。


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