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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第26回   26
「ようやく分かったよ」と、板橋は銚子の酒をコップに全部移し替えながら言い、ぐいっと音を立てて半分ほど喉に流し込んだ。そして、ふうっ、と一息をついて口を手で拭うと話し出した。この男も卒業するとある銀行に勤めていたのだが、堅い仕事が性に合わなかったのか数年で辞め、この世界に飛び込んだという訳である。似た者同士というわけで気が合い、時折こうして持ちつ持たれつで付き合いがあり、酒を呑むことがあった。板橋には、高田耀一に結婚話があり、相手側から財政状況について不安視されることがあり調べを依頼された、と言ってある。
「あの高田不動産は、今まで土地や建物の仲介のみで経営してきたのだが、それでは当然ながら利幅が少ない。そこで二、三年前に自社でも直接物件を持ち扱うことにしたまではよかったのだが、それがボヤ騒ぎを起こし内部がめちゃくちゃになっちまって、大損をこいてしまい倒産寸前までいったという訳さ」
「ほう、そうなのか。よく分かったね」 「ああ、お前から聞いていた二、三年前ということで、当時の記録を調べていたら、高田不動産所有の建物がボヤになったという記事があってね、後は同僚に聞いて訳はないさ。近所の者が気づいて騒ぎ、総出で消化に当たったからボヤで済んだということだ。当時家には誰も住んでいなかったというから、火の気はなく不審火らしいのだが、結局分からずじまいだということだ。高田不動産も何とか金策ができたのだろう、今は持ち直して堅実に経営しているとのことだ」 
「そうか、不審火ねえ。まずは、ありがとう。まあ、呑んでくれ」
鴻池は板橋に酒を注ぎながら、これで高田側の事情の件は解決したと思った。たまたま、巻衛門からの切羽詰った話を好都合に、倒産を免れたいが為に高額な取り分を要求することも考えられた。人間貧すれば鈍すで、自身の火の粉を振り払いたいがため、他人がどうなろうとも目を瞑ったということだ、と思った。その行為で惣左衛門の子供が二人も亡くなったわけではあるが。もしそうであれば、どのようなことかは分からぬが巻衛門側にも、一刻も屋敷から逃れなければならない程の差し迫った身の危険があったということになる。単に屋敷から引越しをして離れるだけでは済まないのだろう、高田の法外な要求をのんでまでもして、すぐに屋敷との関わりを断ち切る必要があったということになる。余程の深刻な事情が生じたのではないのか、とも考えられた。
「おい、どうした難しい顔をして。高田不動産には他に何か問題があるのかい」
「いや、なんでもない。依頼主への報告を考えていただけだ。ところで、その建物はどこにあったのだい」と、鴻池は酒中の話として何気なく訊いた。
「ああ、勝納川沿いの若松町だ。ちょっと分かりづらい所にあるのだが」
勝納川とは小樽市街の東側を流れる小さな川ではあるが、小樽の発展はこの河口辺りから始まったといってよい。鴻池もそれ以上関心はなく、「分かりづらいところか」とオウム返しに言っただけだった。


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