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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第25回   25
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翌日から、鴻池は探索に精を出した。いろいろ調べなければならない事があり忙しく、あらゆる手を尽くさなければならない。行方不明になっている羽倉波次郎の本籍を嘗て勤めていた某銀行に照会したが、不祥事を引き起こした男の事なので関わりたくないのであろう、拒絶された。仕方がなく大学名簿から調べたが、岩手県の或る山間の寒村であった。そのことから、波次郎は貧困に喘ぐ苦学生であったであろうことは、容易に想像できた。方言を直し洗練された身のこなしも、相当努力したに違いない。それらの経緯から多額の金を管理できる立場になったとき、反動で悪事に手を染めたのであろうか。それとも元々世間に対して美貌の影に屈折した思いを隠し持っていたのであろうか。また、波次郎という名前も村を出た後、改名したかもしれない。田舎から都会に移り住んだ場合よくあることである。試しに同期生を騙って消息の安否を尋ねる葉書を実家に出してみたが、断絶状態なのか、予想通り返事はなかった。その寒村に行くかどうかは成り行き次第である。
昼間は惣左衛門の屋敷の近辺の八百屋や魚屋、更に乾物屋などを徹底的に聞き廻った。明治期を知る、できるだけ古い店を回るように心がけた。磐乃や巻衛門が住んでいた時に、買い物に来た家族や女中からなにか聞き知ったことがないかと考えたからである。更に当時の女中を見つけ出すことができれば、直接屋敷の様子を聞き出せるかもしれなかった。だがそう簡単には都合よく探し出すことはできない。老舗でも既に代替わりをしており、見知らぬ男に対して存外口が堅く、お得意様の事情を簡単には喋る事はないからである。といって、乳母の登美や女中のさきには頼むことはできない。屋敷の秘密を知られることになり、逆に噂話として世間に広まってしまう恐れがあったからだ。そこで夜は料亭遊びをして、見番には古手の芸妓を呼んでもらうように頼み、梅奴の情報を得ようとした。むしろこちらの方が調べやすいと考えていた。だが金に限りがある以上、湯水のように金を使うことはできない。分かったことは波次郎の噂話だけだった。大年増の芸妓はほとんどが知っていて大変な有名人のようだ。だが梅奴を知る芸妓はほとんどいなかった。一、二人の芸妓が名前だけは聞いたことがあるというだけだった。ただ、どこに住んでいたとか、今どうしているかを知る者はいなかった。波次郎といい仲だったということは知られていないようだ。こうして、虚しく日々が過ぎていった。
秋もいよいよ深まっていった或る寒い夜のこと。鴻池は古くからの知り合いで地元新聞紙の小樽新報に勤めている板橋忠継という同年代の男と小料理屋で会っていた。地元経済に精通していて、小樽高等商業学校の同期でもあった。ここ二、三年前くらいからの高田不動産の財政状況について調べを依頼していたのである。


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