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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第24回   24
「娘はその女にとり憑かれているのか?そうなれば娘の命が危ない!」 惣左衛門はようやく気がついたように叫び、久子の部屋に向かいかけたとき、「旦那さん、今すぐそのような心配はありません。鴻池さんから伺った限りでは、女の霊魂も娘さんに危害を加えることはありますまい。私も娘さんと黒猫の様子を見てそう感じました。ご子息が亡くなられたのは何か他の理由が有るのではないでしょうか」
つるの言葉に惣左衛門も娘の部屋の方角を気にするように見ながらも、ソファーに座り直した。
「あの黒猫はこの世のものではないと思われます。私も今まで、亡くなられた後も彷徨う霊魂に数多く遭遇してまいりました。だけれどもあれほど強い霊魂、いえ、怨念を体感したことはありません。その原因を突き止めなければ、怨霊を取り払うことはできないでしょう」
「その女の霊魂はやはり磐乃ですか?」と鴻池が尋ねると、「おそらく、そうでしょう」とつるは答えた。そうなると磐乃は既にこの世の人ではないことになる。
「私はこれから山形県の羽黒山に参り、師匠筋に当たる空山様という修験者に会ってきたいと思います」と続けて言った。 
「羽黒山というと出羽三山の一つで、修験者の山ですね。あそこは女人禁制では?」 惣左衛門が訝しみながら尋ねると、「はい、そうです。今はご高齢のため、麓で生活をなさっておられますから、直接会ってお伺いすることができます。空山様は嘗て高野山で修行なされておりました。お名前でお分かりかと思いますが、真言宗の開祖空海様にも匹敵しようかというお方で、将来を嘱望されておりました。まわりの方々は尊敬を込めて、空山導師とお呼びしております。しかし、思うところが有り山を降りて、羽黒山であらためて厳しい修行をなされたのです」 「何故でしょうか」 「私には、はっきりとはお話くだされませんでしたが、この世に漂う多くの魑魅魍魎がお見えになる様なのでございます」
「それはまた凄いお方のようですね」 惣左衛門は先ほどの久子の部屋での出来事を一部とはいえ、目の当たりにしているから素直に信じることができた。
「ただ、私自身の力量は空山様に比べればお話になりません。従って、あれほど深く暗い怨霊とまた向き合うには、空山様に教えを請い、新たに特別な修行をしなければなりません。少し時間がかかるでしょうが行ってまいります」とつるは言い、「鴻池さん、私が帰ってくるまで磐乃さんのことを、できるだけ詳しく調べてください。また、それまで決して、お二人で黒猫をどうにかしょうとはしないでください。逆に大きな禍が起きるでしょうから」と言った。
「分かりました。ただ、その羽黒山に係る費用は私が出しましょう」と、思わず惣左衛門が言うと、「それはお断りします、これはお金の問題ではありません。霊媒師としての私個人の問題でもあります」と、つるはきっぱりと言い、惣左衛門の申し出を断った。
「失礼した。どうか娘を助けてください、よろしくお願いします」 惣左衛門は一人の父親として深々と頭を下げた。


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