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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第22回   22
二人が応接間に戻ると、惣左衛門は説明を求めるように鴻池を見た。
「今度の件を調べていくうちに、人知を超えたことが起きているとしか考えらないことがあります。たまという黒猫のことですが…」 鴻池はこれまで調べてきたことを、主観を交えず掴んだ事実のみを淡々と話し始めだした。惣左衛門は聞いているうちに、たまがただ一匹で小樽から古平まで行き、福右衛門の腕の中で死んだ後、誰にも知られず忽然と消えたことに強い興味を持った。そして三十年ほど前のたまと、今のたまとが同一の猫ではないのかという、鴻池と同じ疑いを抱いた。
「ただ、磐乃という人の生死は定かではありませんし、波次郎の消息も不明です。私が思うには、梅奴という元芸妓が重要な鍵を握っているような気がしていますので、何としても探し出し真相を掴みたいと考えています。最後にたまのことですが、不可思議なことが多すぎますので、正直私の手に負えません。そこで知り合いの霊媒師にたまを実際に見てもらおうと思い至った次第です。勝手をして申し訳ありませんが、つるさんは、決していかがわしい方ではありません。秘密は守るお方ですし、信じるに値するお方です」 鴻池はようやく話を終えると、正面から惣左衛門を見た。
「分かった、君を信じよう。高田と新井巻衛門がこの屋敷に危険な秘密があることを承知で、私に売りつけたことにも強い怒りを覚える。私としても是非その真相を知りたい、思う存分やってくれ」 惣左衛門はそう言うと大きく頷き、さらに多額の金を今後の調査費として鴻池に渡した。そして惣左衛門は自身が見聞きした巻衛門の現状について、鴻池に話しだした。それによると、今の巻衛門の住まいは住ノ江町にある小樽で一番大きな住吉神社近くの一角に豪邸を構えている。このことは鴻池も承知していることだが、その庭にはお稲荷さんの祠は無いということを、屋敷に招待された地元財界の知人を通じて知ったと言った。
「そうなりますと、巻衛門さんは元々信心深いお方ではなかったということですか」
「そうだ。あいつは本来信仰心なんて全然持ち合わせていない奴だ、と知人が教えてくれたよ。昔から利用できるものはなんでも使い、用済みになれば平気で、ぽいっと捨てる人間だとも言っていた」
「ううむ。そうなると、お稲荷さんを勧請しなければならなくような、余程のことがあったということですな」 「そういうことだ」
二人が巻衛門について、あれこれ話をしていた時であった。何処からか、微かだが読経のようなものが聞こえてきた。初めは気のせいかと思えるくらいのものであったが、少しずつ大きくなっていった。といって、声が大きくなっていったということではない。あくまでもそれは静かで、まるで心の内に流れ入り込んでくるようであった。どうやら久子の部屋からのようである。語彙もはっきり聞き取れるようになった。


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