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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第21回   21
 V
惣左衛門の妻菊江の容体がいよいよ悪くなっていった。本人の生きる気力というものが無く、食事も受け付けなくなっていき痩せ細っていったのである。しきりに、亡くなった子供たちに会いたいとか、死にたい、さらには実家に帰りたいという言葉を繰り返すようになっていた。心身の病気であるから、薬や注射で治るたぐいのものではない。惣左衛門は屋敷の渡り廊下で繋がっている客間用の離れ座敷に移すことも考えたが、菊江の実家とも相談して、一時、回復が見られるまで実家に帰し治療させることにした。菊江の実家は住吉町という南小樽駅の近くにある繊維問屋である。繊維関係の店や工場がひしめく活気に満ちている街の中にあった。菊江はそこで生まれ育ったから静かすぎる環境よりも、逆療法でいっそ賑やかな方がいい場合もあると考えたからである。
木々の葉も抜け落ち陽の光もめっきり弱くなった晩秋でもあり、一人が欠けた惣左衛門の屋敷はその分さらに静かになったといえた。だが病人が居なくなるということは陰気さが薄れるものである。菊江が居たときは憚っていた使用人同士の会話も、頻繁に交わされるようになり、ときには笑い声も聞こえてくるようになった。
惣左衛門はある決意をしていた。菊江の回復状況が進展せず、最悪亡くなった場合、時期を見て妾のるいと伸吉を屋敷に呼び寄せようと決めていたのである。ただ、死んだ二人の息子と同様の目にあってはかなわない。その前に原因を突き止め解決しなければならない。伸吉はいまや大事な跡取り息子である、しっかりと教育を受けさせ、帝王学を学ばせ育てようと考えていた。菊江のいない屋敷のことは、るいに差配させるつもりだ。無論、菊江が亡くなったとしても、すぐに妻という座を与えることはできないが、将来、必ず身が立つようにする。二人の息子が亡くなってまだ日が浅く、るいと伸吉を家に入れることは、世間からとやかく言われ、見られるだろう。そのあたりのことを含ませると、るいは二つ返事で承諾した。るいにとっても、日陰の身から陽の光を正面から浴びることができるかどうかの正念場だった。どんな困難でも伸吉のために耐え抜く覚悟を決めていた。
惣左衛門が新生活のために着々と布石を打っていた或る日の昼過ぎ、鴻池がしばらくぶりに品の良い年配の女性を伴い屋敷を訪ねてきた。女は野上つると言い、霊媒師だという。鴻池は真面目な顔で、一度黒猫を見てもらうために連れてきたと言った。惣左衛門も鴻池に調査を全面的に委ねている以上、芝居がかっていると思わぬでもないが、会わせることを了承した。
三人で久子の部屋に行くと、久子は昼寝をしておりその傍らで、たまが丸くなって寝ていた。女中のふきは炬燵で編み物をしている。あれ以来、惣左衛門は登美かふきのどちらかが久子の昼寝の時でも側にいるように命じていた。
部屋に入ると、つるは自分と久子そして黒猫だけになりたいからと、惣左衛門たちに部屋から出ていくように促した。


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