20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第2回   2
 T
  田宮惣左衛門の家では今年の春から秋にかけて、武彦、龍彦という五歳と七歳の二人の息子が原因不明の高熱を発して次々に夭折し、残ったのは今年十一歳になる娘の久子だけになった。だが、一見見たところ幼顔のおかっぱ頭で五つ、六つにしか見えない。さらに口も利けず、着物も一人で着ることができないような、いつもぼんやりとしている娘だった。
  田宮家は小樽市で代々海山物などを加工販売していた資産家だった。現在の当主、三代目惣左衛門の代になって、昭和の初めに小樽と樺太間の海運事業に乗り出し大成功をおさめていた、四十歳代壮年の実業家である。だが、跡取り息子を次々に失い落ち込んだが、妻の菊江の落胆は更に酷く、生きる気力が失せたかのように、ほとんど寝たきりという状態になった。一人娘である久子は常の状態でないため希望が持てないのであろう、世話は乳母の登美や女中のふきに任せきりになった。家の中を煩いくらいにはしゃぎ廻っていた息子たちの声が途切れた広い屋敷はその分静かで寂しく、頻繁に訪れていた世間の人々も自然と遠慮し、家の中はどんよりというように暗くなった。
惣左衛門は跡取り息子を失った悲しみを仕事で紛らわすかのように、これまで以上に働いた。朝、誰よりも早く会社に行き、一番遅くまで残った。自然、自宅にいる時間は少なくなった。仕事を終えた後、囲っている妾の家で過ごすことが多くなっていた。妾の名前は、るい、と言い、以前は芸者をしていたのを立ち振る舞いが美しかったので惣左衛門が気に入り引かせたのである。すでに五年になり、二人の間には今年四歳になる伸吉という男の子がいた。いまでは惣左衛門の唯一の跡取り息子というわけである。ただ、伸吉は人見知りのようで、惣左衛門に対しても懐くということはなく、ひとり、積み木遊びなどをしていることが多い。以前は時折訪れていただけだったのが、最近は頻繁に訪れるようになった惣左衛門のことも、怪訝に思っているようだ。活発だった死んだ二人の息子とは好対照の物静かな子供であった。そういうこともあり、いままで強い愛情というものを抱いたことはなかったが、唯一の跡取り息子に変わりがない。いずれ何とかしなければならないと思っていた。るいは物静かな女だったが、日陰の身から我が子が惣左衛門の跡取りになるかもしれないという望みが出てきたためか、これまで以上に惣左衛門に甲斐甲斐しく尽くし、極遠まわしに、そのことを仄めかすようになった。
  それにしても、と惣左衛門は思う。何故あんなに元気だった二人の息子が、今の屋敷に引越しをして二年足らずの間に、こうもあっけなく次々に死んでいったのか、と。医者が投与した薬も一切効かず、高熱にうなされ苦しみながら死んでいく息子を、為すすべもなく見守るだけの哀れな己の不甲斐なさ、歯がゆさに地団駄踏む思いだった。海運事業に成功し、勢いに乗って今の大きな屋敷を買い求めたのだが、二人の息子も広い庭で遊び回って元気に歓声を上げていたのに、何故だ、と心の内で反芻を繰り返した。
  屋敷は和洋折衷の一部二階建ての造りで港が一望できる東雲町という高台にあり、不動産屋の高田耀蔵に初めて案内されたとき、ひと目で気に入り、思いのほか安かったので購入を即決した。多くの船舶が停泊している様子が展望でき、この小樽港の主のような気になった、ものである。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 18685