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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第17回   17
翌日、鴻池は大家の三島里枝の家にいた。羽倉波次郎が放蕩三昧で何人もの女がいたということから、過去に花柳界に身を置いたことがある里枝なら、あるいは何か耳にしたことがないかと考えたからである。年代的に合わないが、伝を頼って当時のことを知る芸妓を紹介してもらうつもりだった。磐乃の失踪が波次郎の女遊びと関係あるのではないか、というのはごく自然な推理である。里枝にはある郷土史家の依頼で、明治における小樽花柳界の歴史についての下調べを頼まれたと言っておいた。今、芸妓は五百名近くいるといわれている。それが夜な夜な小樽商人といわれる大金持ちの相手をして、湯水のように散財させるわけである。
鴻池が居間で待っていると、里枝は大きな風呂敷を抱えながら入って来て、ちゃぶ台の上に置いた。それを紐解くと古いアルバムが表れた。
「さあ、これが私の芸妓時代のものよ。亡くなった亭主は結構焼きもち焼きでね、押入れの奥に仕舞い込んでいたから、久しぶりに見るわ」
里枝はそう言いながら、ページを捲りだした。「懐かしいわー」と捲るたびに歓声を上げていたのであるが、「何をしているの、側に来なければ説明できないじゃないの」と言い、顔を自分の傍らに向けて振り、鴻池を促した。鴻池としては一人で見て、気になったところを説明して貰うつもりだったのであるが、機嫌を損ねてはいけないので、渋々横に坐った。少し間を空けて座ると、もつと寄れと言う。少しだけ近づけると里枝は焦れったそうに、里枝の方から身体をぴったりと寄せてきた。途端に、化粧の匂いが鴻池の鼻をつき、咳き込みそうになるのをぐっと我慢しなければならなかったほどだ。里枝はどうも色仕掛け半分、からかい半分で面白がっているようだ。
最初のページには、何かの祭りのようで揃いの法被姿で、綺麗どころの勢揃いの写真だった。里枝はこれが私よ、と前の方に坐っている若い時の自分を指で指し示したので、鴻池は仕方なく、今も当時とあまり変わっていませんね、と、お世辞をいってやらなければならなかった。小樽財界お歴々の宴会での写真があり、新井巻衛門も写っていた。だが、どれも大正期のものばかりだった。そのことは里枝の年齢から分かっていたことだ。明治期のことを知っている芸妓を紹介してもらわなければならない。そのことを言うと、見番(芸妓の置屋のようなもの)の女将と三味線の師匠をしている元芸妓を紹介してくれることになった。ただし、里枝の同伴が条件付きであるが。里枝は暇つぶしの格好の相手を得たと思っているようだ。


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