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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第13回   13
「こちらは羽倉福右衛門さんの菩提寺と聞いています。墓参りをしたいのですが、場所を教えていただきたい」 
鴻池がそういうと、老婦人は一瞬顔を曇らせ、「お知り合いですか?」と探るように訊いてきた。
「いえ、知り合いというほどではありませんが、以前、亡くなった私の父が大変お世話になったと日頃から言っていたものですから。せっかく小樽から古平まで来たからには、父の代わりに拝みたいと思いまして」 鴻池は相手に警戒させないため、殊勝な顔を作って、嘘を言った。 
「ああ、左様でございますか。どうぞこちらです」と、老婦人は表情を緩め外の墓地まで案内してくれた。
羽倉家の墓は、墓地の大きな一角を占めていて往年の盛況を容易に偲ばせるものだった。墓に手を合わせた後、墓誌があったので見ると、福右衛門は大正七年七月十七日没とあったが、その横に磐乃の記述があり、福右衛門と同じ日付になっていた。
「これは…」 鴻池は思わず声を上げ、指で指し示して老婦人を見た。
 そのとき老婦人は眉をひそめ顔を曇らせた。
 「磐乃さんは小樽にいたとき、行方知れずになってしまいましたの。福右衛門さんは随分手を尽くして探されたようでしたが、ついに分からずじまいで。福右衛門さんが亡くなられたとき遺言で、命日も同じにして一緒に葬ってくれということでした。磐乃さんの代わりに、磐乃さんが子供の頃大切になさっていた日本人形を一緒に埋めましたのよ」 そこまで言うと老婦人はそっと目頭を押さえた。
「そうだったのですか、それはお気の毒なことです。詳しいようですが、磐乃さんとはお知り合いだったのですか」 「ええ、私は小樽の星稜高等女学校で学びましたが、一級上が磐乃さんでしたの。ただ、寄宿先がご一緒で何かとお世話になりましたわ」
 鴻池はそれを聞くと、思わぬ偶然にいくつかのことが頭を過ぎり、確かめたいと思った。
 「父から聞かされていたのですが、たいそうお綺麗な方だったとか」
 「ええ、それはもう。全校生の憧れの的でしたのよ。それにとても賢く聡明なお方でした。私も身近に接することができて幸せでしたわ」 
「ほう、そのようなお方でしたか。そうそう、これも父からの話ですが、たまという黒猫を可愛がっていたと聞いています」 鴻池はかまをかけてみた。
「えっ、たまのこともご存知でしたの」 老婦人は驚きの表情を浮かべた。
「ええ、色艶の良い美しい深緑の目の黒猫だったということです」 鴻池はさらにかまをかけた。 「そのことは、私は存じませんけれど」
その言葉に鴻池ががっかり仕掛けたとき、「たまが小樽から古平まで、たった一匹で福右衛門さんの所まで来て、あのお方の腕の中で力尽きたように死んでしまったということですから、私自身はたまを見たことはありません」
今度は鴻池が驚く番であった。小樽から古平までは、二十キロメートル程の距離があるからだ。


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