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作品名:深窓の令描 作者:じゅんしろう

第11回   11
翌朝、鴻池は古平町に向かうため小樽駅から隣町である余市駅行きの汽車に乗っていた。この調査の鍵は、行方知れずになった磐乃にあると踏んでいたからである。余市駅は積丹半島の付け根にあり、そこから古平町までは路線バスはなく、徒歩か、馬車で悪路を揺られて行かねばならない。
鴻池は列車の中で、昨日の里枝の言ったことを考えていた。雑談の中で、さりげなく新井巻衛門のことを話題に出した。
「あの人は商売が儲かっているようで、宴会も随分羽振りがいいと耳に入ってくるが、私もあやかりたいものです」
「ああ、あの御方はね。私も以前、何度か座敷に呼ばれたことがあるが、そりやぁ、大層なものだったわよ」
「確か、前は東雲町にある屋敷に住んでいたと聞いていましたが」
「そう、私が芸者をやめる、ちょいと前に屋敷を買ったと聞いているよ。ただ、詳しくはわからないけれど、別のお客さんから、お屋敷で変なことが起きることがあるようだ、と小耳に挟んだことがあったわね」
「変なこととは、どのような?」
「さあ、そこまでは知らないわ」
これだけのことであったが、鴻池はお稲荷さんを勧請せねばならないようなことが、あの屋敷で起きていたことに違いないと確信した。
余市駅で下車すると、幸いにもこれから古平に帰るという空の荷馬車があり、初老の馭者に割増の駄賃を払い乗せてもらった。
古平町は江戸時代初期の頃から鰊漁で栄えた地であり、海岸線は断崖が続くが奇岩も多い景勝地でもある。ただ、秋も半ばの海岸沿いのでこぼこ道は、陽が差していても浜風は肌寒く、のんびり景勝を愛でるという余裕は鴻池に無い。大きめのバックから水筒を取り出し、ぐいっと、一口呑んだ。
「ぷはー、旨い」と、鴻池はわざと声を出した。寒さを見越して身体を温めるため水筒に酒をたっぷりと入れていたのである。その声に手綱を引いている馭者は振り返り、水筒の中身を知った様子で、にやりと笑った。それを見て鴻池は、このおやじは好きな口だと踏んで、「馭者さんもどうだい」と、水筒を差し出した。 「いや、わしは」と遠慮するもののそれは口先だけで、さらに進めるとあっさりと受け取り、ぐい、と呑んだ。
「おっ、此奴は旨え酒だ」 鴻池は昨日のうちに灘の特級酒を入れていたのである。 
「ま、かけつけ三杯」という調子で、鴻池は巧みに馭者を引き寄せていった。
鴻池は古平に行く目的を、曹洞宗の禅源寺にある油彩画で出来ている五百羅漢図を見学の為としていた。宿の手配は既にすませている。


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